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[2021年2月2日火曜日]ケーキは等分に切れない

 ケーキは等分に切れやしない、糖分だから。
 それを素直に正直に明かせば。
 何かの問題扱いで、問題児に昇格。
 だけど、そんな『SYAKAI』ほど。
 あくどくもないのだろう、等分に切れない事実は。

テツガクちゃん
 私は、ケーキを等分に切れません。
 二等分にも三等分にもできません。
 
 等分に切れないこと。
 それは、本当に問題なのでしょうか?


肯定
 どうだろうか。
 まあ、『SYAKAI』がそういうのなら。
 問題なのかもしれないね。

 でも、僕も同じだよ。
 ガクちゃんと同じように等分に切れない。
 もちろん、ケーキもね。

 だって、イメージどおりには切れないって。
 そう思っていて、そう信じていて。
 そして、それは事実だから。


テツガクちゃん
 えっ、事実なのですか!?
 本当に、ケーキは等分に切れないのですか!?


肯定
 少なくとも、人の手では難しいはずだよ。

 これは、少し長い話になるけどさ。
 僕が幼い時。
 先生に紙を半分に切るように言われたんだ。

 だけど、どうしてもハサミでは。
 歪んだ形に切れてしまう。
 そう思った僕は、先生に切れないと言った。

 そしたら、当たり前の答えが返ってきた。
 切れないのなら、工作は続けられないよ、って感じの答え。

 それを聞いた当時の僕は、凄くショックだったけど。
 きっと、誰も悪くない。

 等分に切れないことは事実。
 だけど、本当の等分ではなくて。
 いい加減な適当さが求められていた。
 
 誰も機械のような。
 正確無比な等分を求めていなかったんだ。
 それが、わからなかったんだよね。
 あの時は、まだ。


テツガクちゃん
 なるほど、程よくいい加減な適当さ。
 それで、切ることが等分なんですね。

 それなら、私にもできるのかもしれません!


肯定
 きっと、できるのだろうね。
 ガクちゃんなら。

 そして、僕はあの時のまま。
 それが、できないまま。

 誰もが持っている適当さ。
 だけど、僕はそれを持てない。
 それが、僕の適当で。

 僕が適当を持たないのは。
 誰かに適当を委ねたいから。
 例えば、ガクちゃんのテキトウさに委ねたりね。


テツガクちゃん
 肯定さんに委ねられるなんて、とても嬉しいです!

 どんどん、私のテキトウさに頼ってください!
 ただ、ほんの少しだけ。
 私の取り分を大目にカットしてしまうかもしれませんが。


肯定
 遠慮せずに、大目にカットして。
 それが、僕らの等分なんだよ。
 
 誰も機械がカットするような。
 正確無比な等分なんか求めていない。

 ケーキは等分に切れない。
 そう誰もが、わかっている。
 いや、僕だけが。
 そう信じているのかもしれない。

 そんな僕は。 
 等分に切れないものは。
 誰かに委ねていく。

 それが、何か悪いことなのだろうか?
 自分ができないことを誰かに頼る。
 それは、人を繋ぐ大切な何か。

 その何かを含め。
 様々なことを問題扱いしていく。
 そんな『SYAKAI』という秘密結社ほど。
 あくどくもない気がするのだが。

 あなたはどうですか?
 等分に切れないケーキ。
 それを等分に切れる。
 いい加減な適当さがありますか?


  

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それでは、また次の機会にお会いしましょう。


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