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呼ぶカタチ

知香さんは居酒屋勤務で、勤務開始時刻は夕方から。
しかし、TJ線は人身事故からの遅延が多いため、早めに家を出るのが常だった。

時刻は14時あたり。
知香さんは駅へと向かう途中。
踏切でなぜかしゃがみこんでいる少女がいる。

カンカンカン……

警告音が鳴り響く。
片側、その逆側と遮断機がゆっくりと降りてゆく。

しかし、少女は俯いたまま動かなかった。
元々正義感の強い知香さんは迷わず飛び込んだ。
そして小さな体を抱きかかえて脱出した。

「危ないでしょう! なんで踏切で立ち止まったの!」
自身の心臓も鳴り止まないまま、強く叱る。
少女の目からみるみる涙が溢れた。
「ご、ごめんなさい……前になくしたぬいぐるみが……行かないでって手を掴んだから……」

ぬいぐるみ。
そんなものはなかったはず。
「いつもあそこにあるのに、ママがダメだっていうから……今日こそ持って帰ろうって……」
指を指す先を見るが、それらしいものはない。
少女はもう一度ごめんなさいと告げて、走り去った。

知香さんは、気を取り直して職場に向かうため歩き出す。
先程ぬいぐるみがあるといった、その場を横目で確認すると。

そこには、雛人形があった。

--昔、捨てられた雛人形に似ている。

それは、おそらく実家に飾ってあった女雛であった。
幼い時、イタズラをして髪や装飾をダメにしてしまった。
それを見た両親は娘の節句にケチがつくと言い、新しい人形がやってきたのだ。
泣いてお願いしたが、古いものは捨てられてしまったのを覚えている。

カンカンカン……
少し遠くの踏切の音が聞こえ始めた時、通行人に「すみません」と邪魔扱いされた。
急に我に返り、慌ててその場を離れた。

踏切の端。線路に添えるように置いてあった雛人形。
あの乱れた髪と歪んだ装飾は、たしかに自分の人形だったはず。
電車が通り過ぎたら拾ってみよう。そう思っていたのだが。
もう一度その場に行くと、雛人形は跡形なく消え去っていたそうだ。


この踏切、ごく稀に人が立ち止まっていることがあるらしい。
大体が通行人に邪魔扱いされて、はっとしたようにその場を去るそうだ。
知香さんも動かない人間がいる時は「すみません」と声をかけているという。





今月は最終選考(優秀作品)止まり。
今までかなりボカしてた場所をうまいこと伝える努力が必要になってきたなぁ。

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