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痣のワケ

1、手をつなぐ


タカシさんという男性が小学校の時だけ経験したという不思議な話を聞いた。

当時タカシさんは小学6年生になったばかり。
小学校から帰ると、必ず二階で音がした。
玄関のがちゃりという音。
この音に反応したかのように、二階の床が軋む。
自分の帰宅に気が付いて、母や幼い弟が反応しているのだと思うと嬉しくなった。

二階の和室は畳が古く、赤ん坊の香りと混ざってお日様の匂いがする。
そこで寝かされている弟を想像すると堪らなくなった。
タカシさんはずっと弟がほしかったのだ。
早く顔が見たくなり、ランドセルを居間に投げて手を洗って二階に駆け込む。
襖を開けると、小さな布団に包まれた赤ん坊が寝ていた。
その隣では母親も寝息を立てていた。
母親はすぐに気付き、「タカシ、おかえり」と笑った。
「お母さん、ユウジくんを触っていい?」
「手は洗った? なら、いいよ」
弟の小さな、本当に小さな手を握ると、母親もタカシさんの手を握った。
自分を真ん中にして手を繋いでいるような体勢だった。
「タカシ、ずっとユウジと仲良くね。イジメないようにね」
自分に言い聞かせるように、手に力が籠められる。
「なんで。 当たり前じゃん」
母親が力を入れてひっぱるので、手がとても痛かった。
何故こんなことするのだろうと煩わしさも感じたが、振り払わなかった。
痛みなんてものは何でもないほどに、この小さな弟を眺めていたかったのだ。

ユウジは大人しく、ずっと寝ていた。
まるで人形のようなので、こんなかわいい生き物がいるのかと感動するほどだった。

翌日、母親と弟の調子が思わしくないと父親から伝えられた。
同時に二階へ行くことも禁止される。
母親にも弟に会えないのはとても切なく、帰宅するたびに階段を見上げる毎日であった。
父親と祖母は、そんな自分を見ては悲しそうな顔で頭を撫でてくれた。
「二階には行っちゃだめだよ」と、そう聞くたびに駄々をこねたい衝動にかられた。
しかし、自分はお兄ちゃんだと、心を強く持ったそうだ。

不思議と二階に行かなくなると、母親と弟のことが徐々に気にならなくなってきた。
そういうものだろう、という感覚だったらしい。
玄関を開ける。すると二階が軋む。
それだけあれば、二人は二階にいるのだからと何故か安心できたという。

月日はさらに流れ、タカシさんは中学校にあがる準備をしていた。
制服に腕を通すと大人になった気分になった。
ふと、和室の二人に見せたい気持ちが沸き上がる。
タカシさんは意を決し、父親と祖母に話した。
「いろいろあるのかもだけど…… 必ず気を付けるから、お母さんとユウジくんに会えないかな……」
食事をしていた二人の手がぴたりと止まる。
驚いたようにこちらを見ていて、気まずい時間が流れた。
あぁ、やはりだめか。
すると父親が真剣な面持ちで問いかけてきた。
「タカシ、ずっとお母さんとユウジのこと覚えていたのか?」
「なんで。当たり前じゃん」
そう答えた瞬間、二階が大きく軋んだ。
祖母は青くなって天井を見つめる。
「……ちょっと来なさい」
「まさかタカシを二階に連れて行くのかい!?」
「見せなきゃわからないだろう!!」
「さっきから二人とも何なんだよ!? 二階に行けるなら連れて行ってくれよ!」
先ほどの大きい軋んだ音。二人も自分に会いたいのではないだろうか。
そこから父親はタカシさんの手を取り、階段へと向かった。
照明がつき、平凡な階段が明るく照らされる。
和室の方向から、がたりと物音がした。
「いいか、タカシ。何があっても俺の手を放しちゃだめだぞ」
父親の先導で、和室へと向かい始める。
階段をあがるうちに、和室からの物音は大きくなってきた。
母親か、弟が喜んでいるのかもしれない。
心が浮かれ弾むような心地になったが、父親があまりにも寡黙なので居心地が悪い。
繋がれた手が時折ぎゅっと握ってくる。あの日の母親の手の力を思い出した。

和室の前に到着すると、部屋の照明スイッチを点けた。
「よし、あけるぞ」
父親はまるで自分自身に言い聞かせるようにして、襖をあけた。
続いていた物音が、ぴたりと止まる。

和室には、仏壇があった。
母親の布団があった場所に、真新しい仏壇。
仏壇の真後ろには赤ん坊用の布団が敷いてあった。
まるで背中合わせになるようにして、その二つは部屋の中央に置かれていた。

「ほら、入るぞ」
手を引かれて布団の前まで行くと、何かが寝かされていることに気付いた。
ちょうど、赤ん坊と同じぐらいの大きさだ。
父親に促されて、布団をはがす。

そこには、人形が寝かされていた。

――顔も形も産着も、あの日のユウジと同じだ。

「お母さんはな、ユウジを産んでる最中に死んでしまったんだよ。 ユウジも長くは生きていなかった」
「で、でも! 退院して帰ってきたじゃない!」
「お前がどう覚えてるかわからないけどな。 二人とも骨になって帰ってきたんだよ」
ほら、と仏壇の中を指さされた。
造花だけの殺風景な供え物、母親の遺影、大小の陶器の壺。
「1年は家に置いておくものだから、置いといたんだけどな。置いとくとお前がここにきて独り言話すようになった。しばらくはひとり遊びだろうと思って見てたが、お母さんに強く手を握られたなんて痣まで作ってきたの、覚えてるか?」
「痣は覚えてないけど…お母さんにすごく強く握られて痛かったのは覚えてる」
「それ以降お前の体に手形のような痣があちこちにできた。 だから二階は禁止したんだ」

すべてが繋がる感覚に鳥肌が立つ。
物音や帰ってくると軋むこの部屋には、誰もいなかったということだ。
「この人形はな。お前が拾ってきたんだ。 捨てても捨ててもお前が拾ってくる。 そしてこの位置に寝かせるんだ」
まったく覚えがなかった。
タカシさんは頭が混乱する中で苛立ちを感じ始めた。
こんなにユウジに似ている人形を何度も父親は捨てたのだろうか、と。
「音、しただろ。 あれはな、お前が居るときにしか聞こえないんだよ」
「この人形も、音も、なんなの……? なんでなの……?」
「わからない。 だけど、お父さんはお前が連れていかれそうで怖い……もうすぐ一周忌で納骨になる。 だから、この人形もお墓に持っていかないか」

「ユウジは! 連れて行かない!!」
「待て! タカシ!!」

気付けばタカシさんは病院のベッドの上だった。
あの後、人形を抱きしめたタカシさんは家を飛び出し、車にはねられた。
しかし、人形がクッションになり骨折程度の怪我で大事にはいたらなかったそうだ。

タカシさんの右手首には消えない痣がある。
病院で目覚める前に見た夢で、母親が手を引っ張ってくれたからだという。
母親も人形も自分を助けてくれた。そう思い、あの時の人形を未だに和室に寝かせているらしい。


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こちらは文学サークル『お茶代』の1月課題:こわい話 提出作品です。
たまたまTwitterのタイムラインで見つけたこのサークル。
自分とクセ趣向の合う方々を見つけられそうだと思い、以前よりまとめたかった話を掘り起こしました。
これを機に選りすぐりの【手指怪談マガジン:御手々結び】じわじわと増やしていこうと思います。
『お茶代』に乾杯。

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