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理解を絆とする

主人は肺癌だ。


あれは肌寒さがようやく消えたぐらいの初夏だった。
瑞々しい新緑で目を喜ばせて、過ごしていたある日。
冬から喘息の咳が悪化した主人が病院に行った。
すると、肺に腫瘍があり胸水がたっぷりと溜まっているという診断が下された。
精密検査を都内の大病院で受けることになった。そう話す主人は、いつもより小さく見えた。

検査入院までは毎夜毎晩「大丈夫だよ、きっと」と彼の胸を擦りながら眠った。
深夜の咳は酷く、睡眠不足と不安が彼を蝕んでいた。

検査結果が出る日、主治医から家族を連れてくるよう通達があった。
これは、やはり。
そう思いながら、私達は病院に向かった。

『肺癌です。胸膜まで飛び散っていて、ステージ4です。
何も治療しなければ、あと半年です』

まるでドラマのように告知される病名。
しかも末期で余命宣告付き。
主治医は淡々と説明を始めた。

場所が悪く、手術はできない。
この状態での放射線治療も難しい。
ご主人の癌は遺伝子変異性の肺癌で、これに合う抗がん剤は2種類のみ。
どちらか効くのか、どのぐらい効くのか、それは投与しなければわからない。
副作用もどの程度出てくるかも人による。
それでも抗がん剤治療を始めますか?と確認された。
私達にはYES以外の答えがなかった。

それからは抗がん剤のための入院だとか、主人が退職したりだとか、バタバタしていた。
正直このあたりの記憶がかなり曖昧だ。

変わらず毎夜毎晩、彼の胸を撫でて、泣いたのは覚えている。
「僕は死なないよ。大丈夫だよ」
と言いながらあの手この手で笑わせようとしてくるのを、構わず泣いた。

家計への大打撃や保険のあれこれ。
セカンドオピニオンの戸を叩き、いざという時の緩和ケアを勉強した。
その中でも、彼には何も変えずに過ごしてくれと言われて、できるだけ変えずに生活をした。

そして毎日をできるだけ笑顔でいた。
彼は私の笑顔を見ると安心するようだった。



処方された抗がん剤は、錠剤で、痛い思いをしないし時間も取られない。
副作用もなく、数ヶ月おきの検査では腫瘍マーカーが下がっていった。
半年ごとの精密検査では、なんと胸膜への転移が消えていた。
主治医が言うには、10年以上効果がある人もいるという。
10年後もし効かなくなっても、もう1つの薬もある。
新薬の出る可能性もある。


余生というには余りに早く、実感はない。
その中でも、ひとつひとつ希望が芽吹く。
私は、泣かなくなった。
彼も、落ち込まなくなった。
薬の効果が継続するのを信じて、未来を考えるぐらいには2人とも落ち着いている。

この先の何十年を夢見て、私達は手を取り合って生きる。
互いの楽しいことを応援しながら、寄り添って。



そんな気持ちを300文字に込めた、「300文字で語る!私のセカンドオピニオン」の作文が入賞しました。
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