蹄の音
サツキさんの中学校では、年に1回、学校に宿泊するクラス行事がある。
夏休みの登校日扱いになり、昼に宿題をこなし、夜はレクリエーションを楽しむものだった。
その夜は視聴覚室で、当時話題作だったホラー映画を観た。
終わるやいなや、恐怖の余韻が冷めやらぬうちに、誰かが「かくれんぼしよう」と言いだした。
ノリのいい生徒に圧倒され、ひとり、またひとりと賛成する。
結果、夜の校舎でかくれんぼが始まることとなった。
まず、広い校舎でバラけてしまっては鬼が大変だということで、隠れていい範囲を決めて鬼を5人に決めた。
みつかった生徒は体育館に移動すること。30分経過したら校内放送を合図に体育館へ集合する。などとルールが設定された。
サツキさんは怖がりだったため、友人と3人で行動を共にした。
しばらく校内をさまよい、職員用の男子トイレの用具入れに隠れることに決めた。
用具入れといっても他の個室より小さく、中央には便器ではなく掃除用の深い流し台があり、モップなどの清掃道具が入っている。
そこへ流し台をぐるりと囲むようにして無理矢理入った。
20分ほど経過すると、鬼役の生徒の声が聞こえた。
「トイレに隠れてるかも」
「あと女子3人だけだもんな。一緒に隠れているかも」
女子トイレを探しているようだった。まさか男子側にいるとは思いもしなかったのだろう。
「いないな。男子のほうも覗こうぜ」
何人かが男子トイレに入ってきた気配がした。
個室をひとつひとつ開けている。
しかし、用具入れは開けられることなかった。
鬼役の声が遠くなっていくのを確認して、安堵する。
すると、すませたままの耳に、何かの音が聞こえてきた。
足音だろうか。慌ただしくこちらに近づいてくる。
鬼役が用具入れを確認していないことに気付いたのかもしれない。
カカッ
カカッ
廊下のタイルを強く叩きつけるような音。
それが連続して聞こえ、すぐに近い距離までやってきた。
カカカカッ
トイレの前の廊下でひと際大きい音を立て、遠ざかっていく。
得体の知れない何かが過ぎ去り、静寂が訪れる。
ぱたり、と蛇口から水滴が落ちた。
その音が気付け薬のようになり、3人はそろりそろりと口を開く。
「今の、なんだったんだろう…」
「誰か…かけっことか、してたのかな…」
その後すぐに校内放送が流れ、3人はトイレから出た。
廊下は何事もなく、がらんとしていた。
体育館へ向かう途中、鬼役の1人に出会った。
「お前らどこにいたんだよ」
「私たちは職員の男子トイレだよ。用具入れにいたの」
「そこかぁ。あとはお前らだけだったのになぁ~」
「あのあと、諦めて廊下でかけっこしてたでしょ」
「なに言ってんだよ。俺たちは体育館に向かったよ」
「え?ほかの子は?」
「みつかったみんなは体育館でドッチボールしてた」
あの音はやはり足音ではなかったのだろうか。
「廊下でカカッて音しなかった?」
「してないよ」
なんだよ、怖がらせようとしてるのか、と言われてしまい、それ以上は聞くことができなかった。
3人そろって空耳を聞くこともあるのだろうかと話したが、自分たちしか聞いていないのだからそうだろうということになった。
ほのかな怖さをひきずり、就寝するまで何度もあの音を思い出した。
翌日、迎えにきた母親に不思議な音の話をした。
すると「あぁ、それは昔からある七不思議なのよ。大丈夫よ」と、とても大丈夫そうに見えない表情をされた。
それからサツキさんは学校が競馬場の跡地に建てられたものだと知った。
音が聞こえたと母親に伝えた日から、月に1度必ず馬刺しが食卓にあがり、お盆の精霊馬は茄子だけになった。
ひとりだちしても続けるよう言われている習慣だが、その理由を未だ尋ねられないでいる。
こちらは毎回恒例、竹書房怪談マンスリーに落ちた作品です。
個人的にはかなり気に入ってます…
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