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いつかきっとなんて

鍵が閉まっていた。
彼の大雑把な性格から、今までそんなことはなかったのだが、確かに鍵が閉まっていたのだ。
私は心に少しの不安を纏いながら久し振りにドアの鍵を開ける

真っ暗な玄関で、手探りに電気のスイッチを入れた。
リビングのドアを開け、暗闇の中で机に脛をぶつけて、また電気をつける。

そこには
ソファに寝転がり、清志郎のLIVE DVDを見ている姿がなく、
オンラインゲームをやっている途中でもヘッドフォンを外して、おかえりと言う声もない。

いつもの癖で言いそうになる「また鍵空いてたよ」という言葉を飲み込む。

ふとテーブルに目をやると、一枚の手紙が置いてあった。
いや、手紙というには簡易すぎるそれは、A4容姿に5文字だけが書かれたものだった。
彼らしいといえば彼らしいのだが、あまりにそっけないその紙には感謝の言葉の一つも書かれていない。

彼は夢を語るのが好きだった。好きなミュージシャンの言葉や、自己啓発本などを集めて毎日のように私に話した。

あれだけ注意しても治らなかった服の散らかりも、つけっぱなしの電気も、開いたままのドアも、優しさだけの声もそこにはないのに、
壁に貼られた「まだ、スタート地点」だとか「ビートルズを超える」という紙だけは残っている。

「彼らしいな」と再び心の中で呟き、ソファに座りテレビをつける。
随分と細くなったのに、机にぶつけたくらいじゃ折れてくれない脛をさすりながら、テレビを見る。

胸から込み上げる何かを抑えるように、変わった風景を誤魔化すように、まるでそれが当たり前かのようにテレビを見る。
5人組のアイドルがバラードを歌っている。

まだ、彼の姿はない。

「有名になる」と書かれた紙を丸めて捨てながら、
それでも、心の底から否定できない私の馬鹿さに少しだけ笑い、「彼らしいな」と今度は声に出して呟いた。

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