埼玉を横断する③その1
埼玉を横断する鉄道記事、第三弾でございます。
首都圏のみなさま、埼玉へはどう行きますか?
縦横無尽に埼玉をつらぬく鉄道網。僕のオリジナルキャラの「コバ○ト」くんにつらぬかれてもらいました!(埼玉県御当地キャラのコバトンと似ても似つかぬ代物ですが)
埼玉を横断する3つの鉄道。北の秩父鉄道、中央の東武アーバンパーク野田線to川越線、今回は南部の武蔵野線です。
埼玉の東部にいたころは、大宮や浦和などの大都会に行くために、または千葉方面に行くために利用していました。
「風吹けば 止まるで有名 武蔵野線」、元は貨物専用だったのに、住民のために旅客輸送も40分間隔(ラッシュ時は15~20分)で1973年に開業。
今や貨物も走る珍しい鉄道として、そして埼玉県を横につなぐ大動脈として発展した武蔵野線。
いつも1万字を超え「長い」と不評のような感じがする僕の記事ですが、今回は2~3回くらいに分けて載せていきます。
さあ、埼玉の歴史を、今回は西から東へ武蔵野線沿いに描いていきたいと思います。
東京から埼玉へ入る
武蔵野線で、所沢を通ったという感触は、よく駅名を覗き見て「東所沢」を見つけないと難しいでしょう。所沢ってやっぱり西武線のイメージが強いよね(西武池袋線の所沢と西所沢、西武新宿線の新所沢)。
所沢を目指すとして、さあ、まずここは、武蔵野線の最西端の「府中本町」駅。
昔は武蔵国の国府があった府中、京王線府中駅のすぐとなり。
府中の中心部である大國魂神社は、両駅のすぐ近くにあります。
大型連休にかけて行われる「くらやみ祭り」には昔から賑わい、江戸から甲州街道を経て宿場町の府中宿には人が殺到!(男女の出会いの場でもあるとか♡)
いやいや、府中には競馬場に競艇場もあるため今はそれで殺到するのかな。
いずれにせよ、府中本町駅は南武線で多摩川を超えて神奈川の川崎まで結ばれているターミナル駅でもあります。
武蔵野線に乗り、中央線との分岐である西国分寺を経て、小平や小川の向こうにある狭山丘陵と狭山湖に思いを馳せます。南は立川、ここから狭山丘陵の南にある上北台から近い将来に多摩モノレールが延伸され、狭山丘陵の南をグルリと廻りながら八高線とつながるようです。
さきほどの雑地図キャラ「コバ○ト」の傷口が増えますね♪
新秋津にてちょっと降ります。
西武池袋線の秋津駅と徒歩5~10分ぐらいでつながりますが、ここの道沿いの商店街も面白いのです。そして、埼玉に入る前にアレを見ておきたい。
秋津駅に立ち寄りました。ここから見たいものは…
東京と埼玉の都県境です!
秋津駅構内は東京都東村山。出ると、所沢市安松です。
所沢にて
東所沢駅へ
さあ、新秋津の隣駅、東所沢駅に来ましたよ!
ホームから登ると、駅の入り口に。緑の豊かさがイメージされます。
東所沢駅周辺も割とにぎわい、特に大型の電気屋さんなども見られます。
けどやはり、近年のランドマークと言うと「ところざわサクラタウン」という、角川(KADOKAWA)中心の漫画やアニメなどの文化発信施設ですね。
カドカワミュージアムだけでなく、漫画やラノベが楽しめる図書館、POPな令和神社もつくられ、グルメやショッピングも楽しめます。
サクラタウンには、現在好きな作家の展覧会がやってないこと、割とお高、いやコストと時間を考えて、今回は所沢を満喫することに決めました。
バスであの場所を目指します。
所沢の名所とは?
さて、東所沢駅からバスであの場所へ向かう道すがら。所沢の名所をご案内いたします。以下、わりと詳しく描きますので「武蔵野線沿線しか興味ないし」と言う人は下に飛んでください。
…てか、目的地も東所沢駅から離れている、というか所沢駅から乗り継ぎますので、沿線じゃないか。じゃあ、これでオシマイですね!
ってのも、ちょっと悲しいですから、せめて下の目的地までお付き合いくだせぇ。よかったらついでに所沢の歴史も読んでくだせぇ(´;ω;`)
まず、西武ライオンズの本拠地でしょうか(所沢市山口)。ここにはライオンズの選手たちの試合があるベルーナドームだけでなく、狭山スキー場もありますね。西武狭山線は西所沢から分岐、終着の西武球場前を下車です。
西武球場前から西武山口線(レオライナー)の多摩湖駅を目指します。
ここから西武多摩湖線にて東京都東村山市、終着は国分寺駅なので、所沢を中心にするため描きません。東村山や多摩湖の写真と話はまたいずれ。
すぐそばの西武園ゆうえんちも所沢の名所ですね。西武園ゆうえんちに東京都東村山市との境目。
入ったことが無いのですが、今は昭和レトロな町を再現したレトロなつくりになっているようです。
西武園ゆうえんちは多摩湖(村山貯水池)沿いなので、レオライナーでふたたび西武球場前へ戻ります。
しばらく歩くと狭山湖へ。ここは、東京都の水源確保のためにつくられたダム湖「山口貯水池」です。もとは勝楽寺村という人が住んでいた場所。
一時期、ダムに沈んだ村を記事にしてきましたが、ちょっとだけここでも描きましょう。
そうそう、狭山湖のすぐ隣に広がるのが、狭山丘陵「トトロの森」で、「となりのトトロ」のモデルになっており、地元住民が所沢に住んでいる宮崎駿監督と連絡し、開発事業(早稲田大学)から守るために基金を集め買い取り里山として保全しようとしたナショナルトラスト運動でも有名です。
左手側に広がるのが狭山湖です。周辺の公園には、湖底に沈んだ勝楽寺村の昔がパネル展示しています。
勝楽寺村周辺は、農業と木綿の織物づくりがさかんだったよう。
新宿(伊勢丹前の追分から現在のガード下くぐる)から中野・杉並から西東京と小平を通り武蔵村山と瑞穂町(箱根ヶ崎)を通る「青梅街道」の近く。
以下、勝楽寺村のあとを散策していたころに訪れた「山口民俗資料館」の勝楽寺村関連の写真の一部も貼ります。
勝楽寺村に興味がなくとも、昔(高度経済成長以前)の所沢周辺のふつうの景色として見てください。
勝楽寺村の名産品。東京ダルマ(多摩ダルマ)のうち瑞穂町も主要産地で、ルーツが勝楽寺にある!?と聞いたことが。
瑞穂町郷土資料館・けやき館にも大きく展示されているが、下のは山口民俗資料館のもの。
織物をつくる養蚕農家などが、豊作や息災などを祈るためにつくっており、織物市がダルマ市にもなったとか。
所沢がすり。
所沢に限らず、この辺り一帯は農業と副業としての養蚕・機織りなどの織物業が発達していたよう。
このように、所沢は駅前に繁盛しているプロぺ通り商店街をはじめとする多くの大型商業施設、日本航空発祥の地(1911年に日本初の飛行場・所沢陸軍飛行場ができた)の「所沢航空記念公園」(西武新宿線・航空公園駅、税務署に行くときによく行きますが航空記念館にはまだ行ってません)、ところざわのゆり園(旧ユネスコ村)などがあります。
さいたま市、川口市、川越市に続く埼玉県人口4位で東京都のベッドタウンとして高層ビルも建ち並びますが、昔も繁栄していた町でした。
所沢昔話
古くはヤマトタケルの東征で戦勝祈願したという所澤神明社。
ヤマトタケルが籠手(こて)をかざした北野天神社の場所は所沢市の北にある「小手指」となってますね。
小手指原は、新田義貞公が鎌倉幕府を滅ぼす最初の合戦「小手指原の戦い」、さらには義貞公の3男と足利尊氏との武蔵野合戦、北条時行と足利直義の中先代の乱でも戦場になってます。ヤマトタケルの因果か、武張った場所なんですね。
府中に通じる所沢は、上野国(今の群馬)と結ばれる東山道武蔵路がつくられたやら、さらに鎌倉街道上道としてもつながり、上野国の新田荘の御家人である新田義貞はこれを通って小手指原、さらには府中の分倍河原の戦いを経て鎌倉幕府を滅ぼした。
武蔵七党の村山党の山口氏・金子氏・村山氏の勢力が強い場所だったが、やがては小田原北条氏に支配され、そして徳川の支配下となる。
徳川によって街道が整備され、所沢は東は江戸道や青梅街道で江戸へ結ばれ、北は川越(川越・所沢道や新座を経て川越街道)、さらに秩父道にて扇町屋(入間市)で飯能と秩父へ。
南は小川をはさんで府中(大山道)、小川から青梅街道で青梅や箱根ヶ崎から日光脇往還で扇町屋と八王子を結ぶ。
所沢の由来は古く確証がないようで、ヤマイモ科の「野老」からつけられたとか。
そして所沢の名は、タレントの所ジョージ(芳賀隆之)の名に受け継がれているようです。今や所さんは東京都世田谷区成城というハイカラな高級住宅街に住んでますが(# ゚Д゚)
所ジョージの芸名の由来が所沢なのは有名ですが、本名が芳賀さんでビックリでした!(所沢の由来は??)
所沢の最辺境へようこそ!!
さて、所沢といえば駅前周辺の大都会ですが、ちょっとバスで離れたところは田園地帯。
その田園地帯に向かうのですが、埼玉の歴史で有名な場所なのです。
それが、「三富新田(さんとめしんでん)」ですね!
川越藩主であり、五代将軍徳川綱吉の寵愛(江戸時代まで男性同士本当に愛し合ったこともあります☆)を受け側用人として老中格から大老格まで出世。そして綱吉を支えた片腕となるが、もちろん綱吉の悪評の的としても並んだようで。
しかし、川越藩主の吉保の政治の評価はバツグンで、毛も生えない不毛の武蔵野台地(ただし豊富な雑木林)を開拓。
細長い短冊状の畑(新田なら田のはずだが水もち悪くやせた土地なので米なんてできません!)に多くの人を入植させ、雑木林の落ち葉を腐葉土とする。
軽くサラサラな土は風が吹けば吹き飛ばされるが、雑木林が屋敷森(防砂林)となり、さらに薪などにもなる。
けして豊かとはいえないが、このような火山灰地など劣悪な環境にこそ育つサツマイモの生産に力を入れる!
川越藩はこのサツマイモを江戸に出荷、「栗(九里)より(四里)うまい十三里」やら、「とくに女性が好むもの 芝居浄瑠璃 イモ・タコ・南瓜(カボチャ)」(ただし、上方でしょうからサツマイモかどうかは微妙。ただ、やはり女性はサツマイモが好きなイメージがあるもので)やらで多くの江戸の老若男女を楽しませた。
下富にて下車、富岡中央通りにて散策。中富まで所沢で、上富は埼玉県入間郡三芳町となります。
この通りには「湯楽の里 所沢」「食の駅 所沢」が魅力的ですが、まずは三富新田を満喫するため、「三富 語り部館」を目指します。
サツマイモばかりでなく、やがて野菜、花き、そして茶の栽培がさかんに。所沢市は狭山茶の生産が入間市に次ぐ2位です。
見渡す限りの畑地帯を脇目に、語り部館が見えてきました!
中はただの古民具の展示ばかりです。
語り部館を抜けると、三富今昔村なる施設が。
グーグルマップによると、自然と里山の共存をテーマにした公園みたいなようですが…?
環境問題を大きく掲げているのは、もともとこの辺りは不法投棄の聖地だったらしく、道端に山となり捨てられたゴミに溢れていた地域だったようで。
近年のSDGsとやらに利権と胡散臭い虚言や偽善を感じている僕ですが、自然と里山を共存させ人々を楽しませる施設を作るのは良いことだと思います。
(ただ、日本の工業は衰退の道を辿っている昨今、「モノづくり」にも大きく力を入れてほしいとも思っている)
さあ、三富今昔村、入村費用は800円近くするらしいが、ぶらっと立ち寄るのも楽しいか!?
はい、五時までのはずが入村自体はもっと早い時間帯でないといけなかったようで。地図や周辺の撮影は許されましたので、これで我慢してね!!
りんどうP(駐車場)から「いこい広場」にて、中がちょっと撮影できそうと行ってみたら、ニワトリさんたちがたくさん飼育されてます。
ピヨピヨ… なのか、この子たち。漫画のクソガキどもの喚(わめ)き声に翻訳されそう。
「てめー!エサばっかがっついてんじゃねーぞ!何かアレだ、存在自体がむかつくんだYOooohoo!!」
中はこんな感じ。本当はもっと広いのですがね。人が何人かいたなあ。キャンプとかしてるのかな。
落ち葉がフカフカの腐葉土になるようすが、いこいの広場の入口辺りで見られました。所沢の農作物、もっと広まってほしいものですね。
さて、最後に。温泉はいるには帰宅するときにまた汚れそうだし面倒だし。
食の駅所沢で買い物をします。地元野菜大好き!
めずらしいもので、バターピーナッツカボチャやらいろんな種類のジャガイモやら、季節もので新鮮な野菜が何でもそろってます!
僕は特に、オレンジ白菜(ニンジンのカロチン成分により赤みがあり甘くて生で食べれる)と発芽ニンニク(芽と根がついてあり、両方食べれ、臭みがない)、そして新鮮な「中島さんちの卵」などを購入。
とまあ、短い記事にまとめようとしましたが、不可能でした。
7000字。ありがとうございました。
まだ東所沢しか描けてない… もうすでに新座と北朝霞は取材済みです。
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