【小説】ハイド 第1話

「んでさ、俺はこの歳まで頑張ったよ?根拠のない自信ってヤツがあって。タケルもリョウタも頑張ったと思うんよ。でも、芽が出ねぇ。
事務所もクビになっちまってさ、それでもバンドやりたいからバイトもしてさ。今はEDMとかが流行ってるけどやっぱハードロックでてっぺん取りたい訳よ。」

指先に髪を巻き付けながら、彼に向き直った。
「それで……私をここに呼んだ理由は?」

「前に俺達を取材してくれたじゃんか。何年前か忘れたけどよ。あ、宮坂ちゃんも飲めよ!居酒屋来てるんだからさ。俺パチンコで6万勝ったから奢ってやるよ。
おーい、ねーちゃん!!生追加で!」

ここに呼び出され店に入って1時間経つが一向に話が進まない。
パチンコで勝ったとかどうでも良い。
ああ、帰りたい。せっかく定時で上がれたから、今日はレンタル屋でミステリー物のDVDでも借りてゆっくり鑑賞したかったのに。

「んで、バンド解散して彼女にも振られてさぁ。可哀想な俺でしょ?ね、宮坂ちゃん?
話し相手が欲しかったからお前さんを呼んだわけ。」

「呆れた……そんなことで呼んだんですか?仮にも私は音楽雑誌のライターです。慰め役なら他を当たって下さい。」

「機嫌直せよ、奢ってやるから。何なら記事にしても良いぜ!
『神木コウスケ、ソロでロックシーンの頂点に立つ!!』
って見出しでバーン!と。」

あー、ダメだ。来るんじゃなかった。
「大した用が無いなら、帰ります。」
私はそう言いながらスマホをカバンに仕舞い、席を立とうとした。

「待て待て待て。こっからが本題だ、宮坂ちゃん。
1ヶ月後にアンタに俺の宝物をやる。だから1ヶ月後に俺に会いに来い。
今はダメだ。タイミングが違う。1ヶ月後だ。
目ん玉飛び出る位の宝物をアンタにやるよ。」

「宝物?何ですか?それは。」
私は再び席に座りながら問う。

「ひひひ、気になるだろう?宮坂ちゃん、音楽雑誌のライターって大した収入じゃないだろう?」
タバコに火をつけ、大きく煙を吐いた。

「失礼ですね。少なくとも、その日暮らしのあなたよりは収入ありますけど!」
私はムキになって返した。

「まぁまぁ、落ち着いて宮坂ちゃん。
怒るとシワが増えるぞー?まぁ俺らみたいなインディーズの連中を記事にするよりかは、トップアーティストを取材したり、特ダネを掴んで記事にした方が稼ぎ良かったりするんじゃないの?この宝物はアンタを一流のライターにするネタかもしれないぜ?」

歪な笑いを浮かべる神木に対して、私は
「本当に特ダネ級の宝物なんですか……?」
と聞くと、神木は真剣な表情になった。
「この場で嘘を言うほど、落ちぶれちゃいないぜ。」

何故か私の心が躍る。
「宝物、特ダネ……しかも受け取りは一か月後。ミステリー要素が詰まった展開ですね……!」
「宮坂ちゃん?もしもし?」
神木の返答など耳に入らず、私は胸を躍らせる。
「見る者を焦らして焦らして、最後にどーん!そこに行き着くまでの人間模様や伏線回収もしっかり見せられれば本物のミステリーよね……」

「宮坂ちゃん?聞いてる?」
神木の言葉にハッと現実に戻される。
「あ、ごめんなさい……」
再び神木は歪な笑顔を浮かべ、
「とにかく1ヶ月後に俺に会いに来い。今からワクワクするなぁ。ガハハハ!!
じゃ俺、女を待たせてるんだわ。元カノじゃねーよ。会計済ませとくからゆっくり飲んでくれ。それじゃ1ヶ月後な!」

私は一人残され、ぬるくなったビールをグビグビ飲み干した。
「特ダネか……」

2019年10月15日
東京湾で男の水死体が上がる。
神木コウスケ、39歳。住所不定無職。
私は朝の情報番組でそれを目にして、メイクの手が止まった。

「なん……だって……!」
神木が死んだ事より、特ダネが取れない事に憂いた。
宝物、特ダネ、一流ライターへの転身。
私の野望が音を立てて崩れていく。

「ん?」
ふと郵便ポストに目が行き、一通の封筒が入っていた。メイク中途半端の私はその封筒を手にした。

「えっ!?」
送り主は神木コウスケだった。
切手も無く消印も無い為、誰かが直接郵便ポストに入れたのだろう。
テレビでは、神木の知人のインタビューが流れた後コメンテーター達が自論を並べており、自殺か他殺か分からないのに、この国が、政治がと飛躍した弁が次々に飛び交っていた。

私はそれを尻目に封筒にハサミを入れた。
その中にはB5サイズの手紙が入っていた。
そこには……

「宮坂ちゃん。これを見てるって事は俺は死んでる。でも宝物はあるよ。アンタが10月25日に来ればな。本来は直接渡したかったが、死んでるなら渡せない。だから、ある場所に隠した。
アンタも記者だろ?探せるかな?とにかく俺は地獄から見てるぜ。」

「追伸。
前から思っていたけど、宮坂ちゃんって歳の割に可愛い顔してるよな。誰かに似てるって言われないか?まぁどうでも良いか。」

私は手紙を握り潰した。彼氏でも友達でも無い男に対して、怒りとも悲しみとも分からない感情が襲う。
視界が滲み、アイシャドウが崩れていく。

「この男性、日頃から恨みでも買われていたんでしょうね」とテレビの声を聞いたのと同時に、リモコンで電源を切りスマホを手にする。

「課長、宮坂です。急ではありますが今日から10日間お休みをいただきます。」

課長の返事を待たずに電話を切り、私は身支度を整えた。

「神木コウスケ、地獄から見ていなさい!
私は底辺ライターで終わるつもりはない!パワハラモラハラの日々で、恋愛からも遠ざかって婚期も逃していたけど、私はアンタの宝物をモノにして一流ライターへ登り詰めてやる!」

私の決意表明がアパートに響き渡った。

(第2話へ続く。)

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