【小説】ハイド 第2話

2019年 10月17日  

「篠崎タケルさん?」
 秋葉原駅前の喫煙所を指定してきた男に私は、声をかける。  

「あ、えっと……」
「はい、『ミュージックパワー』の宮坂マコトです。お久しぶりですー」
「あ、はい。」
 私の挨拶を流し、男は歩き出した。  

 篠崎タケル。
 神木コウスケのバンド『Sugar salt』でドラムを叩いていた。
 ウルフヘアなのは神木コウスケもそうなのだが、篠崎のそれは頭垢(フケ)が目立ち不潔を思わせ、当然掻こうものならば頭垢が舞う。眼鏡も牛乳瓶の蓋のようだ。  

 警察署脇、神田川が流れる万世橋まで来た。
「……た、タバコ吸う?」
「いえ、私は結構です。」
「俺、た、た、タバコ吸いたい…」
「あはは……喫茶店行きますか?コーヒー代出しますよ、経費で落としますから」  

 私と篠崎は喫茶店へ行き、コーヒーを2杯注文する。席に座ると篠崎は早速、ジーンズのポケットから皺くちゃのセブンスターを取り出し、吸い始めた。  

「さっき、久しぶりって、い、言ったよね?
い、い、いつ初めて会った?」
 篠崎は吃りながら話す。  

 私は篠崎に初対面の頃のエピソードを話す。
「何年か前のフジソニックでした。
あの時の『Sugar salt』は排他で形容し難いオーラを放っていました。神木さんの熱いシャウトもそうですし、大島さんのベースや篠崎さんのドラムもまるで、大地を揺るがしては稲妻を呼んで、見る者聞く者に戦慄を刻み込むようなステージでしたよね。それを観て私からインタビューを申し込んだんですよ。」  

 私は多少、盛って話し、機嫌を取ろうと画策したが、篠崎は自分の髪の枝毛をいじっている。
 無関心のようだし、取っ付きにくい。
「ふーん……。
コウスケが社長をぶん殴って、く、クビになったから……。んで9月の初めにアイツ、『解散しよう!』とかいって……か、解散した。」
 正直言って、バンドの話なんかどうだって良い。
神木コウスケの関係者じゃなければ、絶対に私は篠崎のような人間と話をしないだろう。  

 篠崎はオドオド、モジモジしてあまり目も合わせない。あー、こりゃ女にモテないだろうなぁ。
 でも一応聞くだけ聞こう。宝物のありかをこの男は知ってるだろうか?  

 私は本題に入った。
「これ、コウスケさんの訃報の日に私に届けられたんです。まず、この手紙を読んでもらえますか?」  

 篠崎は手紙を読む。
「……コウスケの字。」
「間違いなく?」
「たぶん、コウスケ。字が、き、汚いのも、お、お、同じ」
 篠崎は吃りながら、私に言う。  

 私は続けて、
「この『宝物』って何だかわかります?私、それも貰う筈だったんですけど、神木さん亡くなってしまったし、宝物が何なのか分からないし、そもそも何で私なんだろうって思っていて。それでバンドメンバーの篠崎さんに、何か手かがりを残しているかも……と思いまして」  

 私の説明に頷きも瞬きもせず、篠崎は天井のシーリングファンに向けて煙を吐いた。  

「わかんない……」
「そうですか……」
 無言になってしまった……。店内のBGMとシーリングファンの羽ばたき音が、妙なハーモニーを奏でている。  

 気まずいなぁ。
 早くこの場を離れたい。
 こんな不潔な男とお茶するよりも、イケメンとお茶したかったなぁ。
 ああ、私もタバコ吸いたい……。
 会話があればいいんだけど、無言のプレッシャーに弱いんだぁぁぁ。
 すると、この私の心情を読み取ったのか、  

「1本吸う?」
と篠崎は私にセブンスターを差し出した。
「宮坂さん、その宝物ってやつ、どうしても欲しいんだね。」
「えっ?!……あ、いや私はそんな……」
「神木コウスケの宝物を手にしてやる!って、か、顔に書いてる。」
「いやいやいや!」
「お、俺のこと、不潔で気持ち悪いって思ってるでしょ?」
「滅相もございません!」
 バレてる!超バレてる!!  

「い、良いよ。素直なヤツは俺もコウスケも好きだから」
よ、良かった、怒っていない。むしろ笑ってくれてる。  

 私は大きく溜息を漏らし、
「1本だけ、貰っても良いですか……?」
 篠崎からタバコをねだる。すると篠崎は得意げにタバコを上着から2箱出しては、テーブルにならべ、
「うん。いいよ!くしゃくしゃのやつと新品も、あ、あ、あげる。お、お、俺もう一箱あるし」
と言った。  

 2人でタバコを吸う。目の前に紫煙が広がる。  

「宮坂さん、こ、コウスケ、金とか財産も無かったみたいだよ。バンド解散する直前、お、お母さん死んだらしくて。金無いしあいつ親戚とかいないし葬式もやらなかったみたいだし。」
「そうなんですか……」
「…………」
 また沈黙。  

 篠崎が口を開く。
「コウスケの宝物。それが何なのか……見つけたら、後で教えて。」
「え……?」
「コウスケが宮坂さんに渡したい物があるんなら、宝物は宮坂さんの物。俺、宝物が何なのか知りたいだけ。」
私はコーヒーを啜ると、篠崎は姿勢を正し、真剣な眼差しを向ける。  

「いつも、カッコイイ曲を作ってくるんだ。
俺は曲書けない。コウスケが持ってきた曲をやる。コウスケが表現したかったものを作る。
ベースのリョウタや、事務所の連中は売れる曲を書け!ってうるさかったけど、俺はあいつの曲でドラム叩くのが楽しかったんだ。」  

 意外。吃りが無くなり、この男が饒舌になり出した。  

「あいつは前線に立っていくタイプ。俺は、あいつの後ろを守っていたんだ。」
「ええ。」
「バンド解散するってあいつが言った時、俺は猛反対した。Sugar saltが無くなったら、俺どうしたらいいのか分からない。」
「ええ。」
「俺は吃りもある、頭弱い、気持ち悪いってよく言われるし、昔からいじめられていた。」
「そうだったんですか?」
「うん、子供の時、俺いじめられてた。でも20歳の時に駅でコウスケがギターの弾き語りやっていた。俺、無意識で足でリズム刻んだんだ。そしたら、コウスケは演奏やめて  
『お前、カッコイイな!!』  
って言ったんだ。生まれて初めて、人からカッコイイって言われたんだ。」  

 私は自分が恥ずかしくなった。
ほんの数分前までこの男を気持ち悪いと思った自分が恥ずかしい。
 篠崎は神木を慕っている。まるで少年の様な瞳で話す篠崎。私は何故か弟のような感覚になった。  

「コウスケは金遣いが荒くてわがままで女好き。でもコウスケは俺に倉庫のバイト紹介してくれた。倉庫の社長に頭下げて。」  

「……そうなんですね。なんか……すいません、神木さんの悪評ばかり聞いていたから、なんか意外で。」
「あはは、仕方ないよ。宮坂さんは悪くない。宮坂さんは素直だね、表情もわかりやすい。」  

 神木の話をしている時の篠崎はまるで、自慢の友達を紹介しているようだ。
「俺は宝物のありかは知らない。リョウタなら分かるかも。あいつイケメン、頭いい。でも、リョウタはちょっと怖い所があるから……気をつけて。」  

「ありがとうございます、篠崎さん」
「敬語、いらない。」
私が返答するのを待たずに、
「コウスケが宮坂さんに宝物を渡したい。それはきっと、コウスケが宮坂さんを信じられるって思ってるから。コウスケの仲間は俺の仲間。だから宮坂さんも仲間!協力するから!」  

この男の言葉に嘘は無いだろう。
私も大きく頷き
「……わかった、ありがとう!」  

 私達は連絡先を交換し、いつでも情報を共有出来る様にした。  
 私は喫茶店の会計を済ませ、Sugar saltのベーシスト、大島リョウタにアポイントをとった。  

 明日は渋谷か……。  

(第3話へ)

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