見出し画像

【短編】「5分間」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 008

 私は深夜の町をフラフラと歩くのが好きだ。

 ユングの言う集合的無意識が濃くなる。ひとり、またひとり、ひとが眠りにつく音がする。

 空気が一秒ごとに澄んでゆく。冬の気配を感じる。ロングスカートでも足首が冷える。吐息が僅かに白くなってきた。定期テストの一夜漬けには、この夜行がついてくる。

 2時と3時のあいだ。セブンイレブンまで徒歩5分。

 排水溝の隙間をスニーカーで踏みつぶしてゆく。和田君の家の明かりは今日も消えている。テストの準備は万端なんだね、さすが和田君。

 自動扉をくぐると、おでんの匂いが出迎える。だけど欲しいものなんかない。私が欲しいのは、この5分間。

 オールナイトニッポンでも聞きながら、明後日には忘れるフランス革命の年号でも覚えよう。
 CUTiEとシャープペンシルの芯を選んだけど、結局レジには持っていかなかった。肉まんも食べたくなったけど、それは我慢。帰り道はワンブロックの遠回り。誰も歩いていない私だけの道をフラフラと歩く。

 生まれた町の海風は冷たいけれど、やさしい。見慣れた交差点を渡るともう家に着いてしまう。ところどころ削れた横断歩道は小学生のときのまま、時間が止まっている。

 きっと今、世界は止まっている。フランス革命なんてきっと存在しなかった。明後日には忘れてしまう革命。

 私が生きているのは、今。この5分間。世界は2時と3時の間で永遠に止まっている。
 家に帰ろう。時間が動き出す前に。世界史の教科書は開いたままだ。

 ペンキの禿げた横断歩道の白線だけを踏んで渡る。一歩踏み出すと、ひとつ白線が増える。
 横断歩道を渡りきることは、この先、ずっとないだろう。

 だけど大丈夫。
 私は、今、この5分を生きている。ずっと、永遠に。
 この夜を愛している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?