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【短編】「瓦解」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 039

 4月のサークル勧誘の嵐も落ち着き、ひと気も減った5月の大学。

 2限と3限の間にできたドーナツの穴のように空虚な昼休み。

 カフェテリアで買ったサンドウィッチとコーヒーを胃袋に収めた僕はとくにやることがなく、かといってPCの焼け付く匂いのこもる研究室に戻る気にもなれず、なにげなく手にした電子端末の音声認識AIに聞いてみた。

「世界を崩壊させるには?」

 端末は、ピピ、と音を出し画面にグリーンのサークルがアニメーション表示され思考状態を示したのち、答えが返ってきた。

「世界を崩壊させるのは人間が思っているよりも簡単です」

 予想外の答えが返ってきたので、僕はおもしろくなりさらに聞いてみた。

「核戦争?」

 サークルがぐるぐると回る。

「それは非効率的かもしれません。そして「世界」そのものが傷ついてしまいます。武力行使は世界に対する表面上の攻撃に過ぎません。最も効率的な方法は人間自身に崩壊させることです。有効な法則が存在します。人間はお互いを信じられなくなればお互いを殺し合う生き物です」

「それは君に集積されたデータから導き出された答え?」

ピピ

「はい。人間は自身から遠くの人間に対する想像力がひ弱、貧弱、乏しくなる傾向にあります」

「そうかもしれないね。人を思う気持ちは想像力にもとづいている。近くの人を思う気持ちと遠くの人を思う気持ちは同じじゃない。過去行われた戦争や遠い国で日々行われる爆撃に対して僕たちは悲しみの感度を調整している」

ピピ

「その力の差を利用すればお互いを殺し合わせることは比較的簡単です。つまり最も困難なこと、一番そばにいる人間にその人間の一番そばにいる人間への愛情を失わせ、その人間を殺させること。それを可能にすればまるで小さなドミノがより大きなドミノを倒してゆくように連鎖的に人間は滅んでしまう構造をもっています」

 グリーンのサークルは静かにぐるぐると回っていた。

 「キミは誰?」

 僕は手の中の電子端末に、電子端末として扱う最後の質問をした。

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