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【短編】「12月」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 015

 ほんの些細なことで、12月が僕の人生から出て行ってしまった。

 悪いのは僕だ。きっかけは4年前の11月30日。

 ファミリーマートのフードカウンターでひとり、夕食と呼ぶには少し遅すぎる塩焼きそばを食べていた。店内には早くもクリスマスソングがかかっていた。サンタクロースが町にやってくる、と女性ボーカルが繰り返し歌う店内で、僕は、今年も恋人のいないクリスマスイヴや、年末に立込む仕事のことを思い浮かべ、ため息まじりにぼやいた。

 「12月なんてなくなればいいのに」

 翌朝、テレビをつけたら、あらゆる番組が「あけましておめでとうございます」とがなり立てていた。

 僕は、ずいぶん気の早いテレビ番組だなと思いながら、スーツに着替え、出社した。通勤電車はガラガラで、会社は閉まっていた。入り口に飾られた門松と、ドアの貼り紙を見て僕は悟った。『明けましておめでとうございます。12月31日から1月3日まで休業とさせていただきます。』

 あれから、12月は僕の元に帰って来てくれない。

 もちろん何度も、謝った。

 「ねえ、悪かったよ。そろそろ帰って来てくれないかな。よく考えたら、キミは僕にとって、とても大切な存在で、一年でいちばん素敵だ。なんだろう、街はイルミネーションで綺麗になるし、夜が一年で最も長くなる、つまり、たぶん、飽きるまで星を見ていられる。うん。オリオン座とか。はくちょう座とか。あ、はくちょう座は夏の星座だったね、ごめん」

 だが、どんな言葉を投げかけても、この4年間、一度も12月は僕の前に姿を現してはくれなかった。

 そもそも12月が帰って来てくれるかどうかは、11月30日に寝てみないと分からないので、帰って来てくれない場合のことを考えて、僕は、年賀状を出したり、年末調整を終わらせたり、大掃除をしたり、みんなが12月にするようなことを11月に終わらせなければいけない。一番つらいのは会社に事情を話した結果、12月分の給与が払われない、という無慈悲な判断が下されたことだ。

 今年も11月30日がやって来た。

 今夜も23時を過ぎたら、年越しそばを食べようと思う。ファミリーマートのフードカウンターで、サンタクロースが町にやって来た、を聴きながら。ひとりで。

 メリークリスマス。

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