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【短編】「時代の名残」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 062

 古い遊園地にはほとんど人がいなかった。まるで大型連休だということが嘘であるかのような閑散だった。

 僕はベンチに座って一人、ルービックキューブを回していた。三十年間完成したことのない相棒だった。青の一面だけが揃った立方体を、小さな少女が物珍しそうに覗き込んで言った。「なにそれ?」

 「ルービックキューブっていうおもちゃだよ」

 ふうん、と少女は僕の隣に座り覗き込んだ。小学生だろうか。

 「あ、揃ってる」

 「ここだけね。本当は全部揃えるものなんだ」

 僕はルービックキューブを少女に渡した。少女はキューブをでたらめに回転させた。僕が唯一完成させた青の一面が瞬時に崩れた。僕はずっと大事にしていたガラスの像が割れてしまったような喪失感を感じたが、まあ、いいか、と、少女の手元を見ていた。

 思いのままに手元を回してた少女は、あ、と呟くと、黄色の一面を完成させた。お、すごいね、と僕は褒めた。少女は喜ぶ様子もなくルービックキューブに集中している。そのまま、黄色の横の面に赤い面を貯めてゆく。少女はああ、とか、ふうん、とかいいながらそのまま五面をあっという間に完成させ、最後の面に流れるように緑のブロックを流し込んでいった。まるで手品のようだ、と、妙に冷静に目の前の少女を眺めていた。カチャカチャカチャ、と、一つのピースも迷わずに六面を完成させた少女はまるで開かなかった瓶を開けた父親のように当然の表情で完成した立方体を僕に返した。はい。

 「やったことあったの?」

 「ない」

 「どうして分かったの?」

 「なにが?」

 「六面の揃え方」

 「地図みたいなものだと思ったの。家に帰るのと一緒」

 「どういうこと?」
 
 「右に曲がって左に曲がってまた右に曲がる、それを間違えずに繰り返してたら家に帰れるでしょう?それと一緒だと思ったの」

 僕は、彼女の言っている意味が分からなかったが、それが分からないから僕には完成させることができないのだ、という妙な納得感に包まれた。

 遊園地にチャイムが鳴り始めた。ほおたるのひかありまあどのおゆうき。

 この時代に残ってる人もまばらだった。ほとんどの人が時代の扉を開けて次の時代に言ってしまった。

 「君はまだ行かないの?」

 「そろそろ行くよ。おじさんは?」

 「おじさんも、そろそろ行くよ」

 僕たちはここでこの時代の名残に身を浸していたかったのだろうか。

 「じゃ、私は行くね。おじさんのそれ、完成するといいね」

 「また一度崩すところから始めないと。誰かのせいだ」

 少女は笑った。僕は三十年ぶりにルービックキューブの一面をそっと崩した。


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