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【短編】「吸血」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 010

 リサは、すぐに倒れる。

 生まれつきヘモグロビンを合成する機能がうまく体内で働かないことによる貧血らしいのだが、オレは小さい頃から一緒に遊んでいたので、そのことには慣れていて、すぐに腕まくりをしてリサに自分の血を吸わせて安静にすれば彼女は意識を取り戻すことを熟知していたが、吸血鬼と呼ばれた家系の遺伝子を引く彼女の症状を知る人は皆無なので、なるべくオレは昔から一緒に遊ぶように心がけていて、そのおかげでオレの腕は彼女の鋭い犬歯の跡でボロボロになっていたが、幸いなことに、中学生男子の腕のそんな無惨な状態に気づく人間はいなかった。なぜなら、オレは透明人間だからだ。

 「ごめんね」

 オレの血を吸って意識を回復させたリサはいつものようにそう言って目を伏せた。

 春休みの東京ディズニーランドは、真鍮鍋にあらゆる食材を詰め込んだフランスの田舎料理みたいな状態で、5分間しか稼働しない乗り物に2時間の行列を強いられる有り様で、リサとオレは比較的待ち時間の少ない、くまのプーさんの列に並んでいたのだが、それでもやはり彼女にはキツかったらしく、意識を取り戻したあとは二人で何をするでもなく園内をぶらぶらと歩くことにした。

 巨大なポットに入ったポップコーンを、ベンチに座って分け合いながら食べていたら、7人の小人を連れた白雪姫が風船をくれた。隣のベンチに移動し、子どもたちに風船を渡す白雪姫を眺めながらリサがオレの耳元で囁いた。

 「白雪姫、いま一瞬、表情がこわばったね」

 「しょうがないよ、相手が本物の透明人間だもん」

「ふふふ」

キャラメルの香ばしい香りのするポップコーンをつまみ、脚を平行棒の体操選手みたいに伸ばしながら、リサが呟く。

 「わたしね、彼女に尽くしてくれたのは7人の小人だと思うの。でも彼女を救うのは、けっきょく恋をした王子様。子どものころ映画を観た時ね、王子と白雪姫を嬉しそうに見送る小人たちの気持ちを考えて悲しくなっちゃったんだよね」

 「この世界は見た目が大事だ、っていう大切なメッセージなんだと思うよ」

 「じゃあ、彼女、驚くはずだ」

 「オレ、見た目がないからね」

 オレたちは、くつくつと笑った。人は何かしらの欠損を抱えて生きている。夢の国の住人たちだって、完璧なわけじゃない。白雪姫が王子様と幸せに暮らす頃、小人たちも同じように幸せであってほしいと、思った。

 西に傾いた太陽がシンデレラ城をシルエットに変える。二人で花火を見て、京葉線で帰ろう。どちらかといえば欠損だらけのいつもの世界へ。

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