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【短編】「最適解」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 021

 日を追うごとにデジャヴが現れる頻度が増えていた。

 たった今も、いつものカフェのいつもの席で彼女がメニューの中から、本日のスープは何ですか?とモデル系のウェイトレスに訪ねた時に、デジャヴは現れた。この日69回目のデジャヴである。この瞬間、知っている。このあと彼女は本日のスープが蕪のポタージュだと言われ、スープの注文をやめて、バーニャカウダを頼むのだ。そして僕はオニオングラタンスープを注文する。

 デジャヴの出現頻度が上昇している理由は分かっていて、それは自分自身のせいだった。

 僕はありとあらゆる選択を自分の記憶のデータと統計に依存していた。たとえば今のようにレストランで注文するメニューはもちろん、その日着る服も、誰かに話しかける言葉の一言一句も、そのすべてを自分の過去の言動の中から統計学的に分析し、最善と思われるものを選択していた。

 その結果、僕の選択から間違いと名のつくものは減っていった。それなりに美味しく食事を済ませ、それなりにオシャレと思われ、それなりに僕は女性から好感を得ることができ、それなりに可愛くて性格のいい彼女と交際することができ、交際はそれなりに順調に進んでいた。

 僕の日常は求めたとおりに似たり寄ったりの日々となり、その結果、多くの時間が一度経験したことがあるような、確実な瞬間で埋め尽くされつつあった。

 僕は満足していた。不確定とかリスクとか、未知数といった曖昧なものなど有り得ない。予想もつかない未来。そんなものは超高熱焼却炉で影も形もなく消失すればいい。

 それなりに美味しいオニオングラタンスープを飲み、どこかで聞いたことのある彼女の世間話に心地よく耳を傾けながら、僕はふと思った。

 この瞬間、知っている。

 このあと、僕は彼女から話を切り出されるのだ。

 「ねえ、へんなこと言っていい?」

 僕はそれなりに美味しいチーズをスープに浸しうなずいた。

 「いいよ」 

 「わたし、今この場面を、どこかで体験したことある気がするの」

 僕は満足げに微笑んだ。

 それはこの日、70回目のデジャヴだった。

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