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【短編】「ブルーハワイ」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 069

 ヨウコは4歳の頃、父と行った動物園のことを覚えている。

 いちばん古い記憶かもしれない。

 猿とか象とか、ひととおりの動物を見たあと、父が売店でかき氷を買ってくれた。

 どの色がいい?と聞かれたので、ヨウコはかき氷の模型を眺めた。

 赤、黄色、緑、水色。

 赤は?と父に聞くと、いちご、と答えてくれた。

 黄色は、レモン。

 緑は、メロン。

 あの水色は?と聞くと、ブルーハワイ、と父は言った。

 ブルーハワイって、なに?と聞くと、父は、分からない、と答えた。

 くだもの?

 ハワイは島の名前だよ。

 ヨウコは、ブルーハワイを選んだ。

 水色を食べたかったからだ。

 クレヨンや色鉛筆で絵を描く時、いつも、水色ってどんな味がするのだろう、と疑問に思っていた。

 何度も水色のクレヨンを齧りたい衝動にかられた。

 父が渡してくれた水色のかき氷は今にもこぼれ落ちそうだった。

 ゆっくりとストローのスプーンを氷に差し、こぼさないよう口に運んだ。

 水色は、ここではないどこかへヨウコを連れて行ってくれた。

 私は色を食べたのだ。

 果物でも野菜でもお菓子でもない、色を。

 夏になって、果物の間に挟まれている水色のかき氷を見ると、ヨウコはときおり思い出す。

 知っているものにふっとまぎれこんでいる、ここではないどこかのことを。

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