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【短編】「Farewell dimension」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 051
人類が一次元の放棄を決定したのは西暦でいえば10699年の暮れのことだった。
膨れ上がった情報のインフレーションは人類運営の遂行を破綻させていた。
およそ二世紀にまたがる議論の末、政府は人類として一次元を放棄する決議案を採択した。
議会は紛糾しその後いくつかの内乱が勃発したが政府は案を撤回しなかった。
人類の情報量は脳が扱えるキャパシティを明らかに越えていた。
決議に際しRoss128b星人やプロキシマb星人たち上位知的生命体による勧告に従ったというゴシップも出回っているが信憑性は定かではない。
彼らは我々人類の認識を遥かに凌駕した六次元生命体であるし、その信憑性を測ろうとしたところで、その肝心な判断材料となる情報はもはや情報としての価値をもたなかった。人類の情報は1ナノ秒当たり太陽系全体がもつ情報量とほぼ等しい状態になっていた。
どうであれ彼らのような高次元の知性の判断に従属せずとも私の盆暗な脳ですら人類が陥っている危機は理解できた。
人類は空間における一次元の放棄を翌年の四月一日午後三時に行うことを決定した。その日は金環日食だった。
タテ、あるいはヨコ、またはタカサ。そのいずれかが人類から無くなる日。
私は寂れたバーでその時を待った。
月は何億年ものあいだ繰り返してきたように太陽をゆっくりと齧っていった。
世界中の人類は空間への別れを惜しみ、それぞれがそれぞれの場所でその時を待った。
ある人は、恋人の横顔を忘れまいと美しい丘で二人並んで座り何度も見つめ合った。またある人は、最も愛する教会のヴォイドに身を置き燦々と光が降りそそぐ中、天に祈った。
太陽が環を成し月が通り抜けた。
人類は一次元を失った。
空に浮かぶ太陽と月は人類にとってもはや球体ではなく二つの円になっていた。
私は手元のバーボンを一口なめた。
手にしたグラスは一見なにも変わらないように見えた。
だが、そのグラスは奥行きを失っていた。
バーボンの味は何も変わらなかった。
だが深みを失っているように感じた。
そのときになって私はこれまで自分が感性ではなく情報で世界を味わっていたことを知った。
横顔を失った若い女性のバーテンダーが私にウインクを送ってくれた。
彼女は新たなカクテルをつくるため横を向いた。そこには新しい彼女の美しい横顔があった。だが彼女は連続していなかった。片目を瞑った正面の彼女はもういなかった。そこにいる彼女は彼女であり彼女ではなかった。
私は、世界は本になったのだ、と思うことにした。私は彼女のウインクを思い出していた。悪くないページだった。
ハロー、ニューワールド。チアーズ。
いまいちど私は人類が迎えた新しい世界の味を味わうため、ゆっくりとグラスに口をつけた。
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