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【短編】「ウサギとカメ」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 045

 あるところにウサギとカメがいた。

 ある日、ウサギはカメに山の頂上まで競走をしようと言った。

 カメはいいよと答えた。

 山のふもとでスタートラインに並んだウサギはカメに言った。

 「悪いけどね、カメさん、僕はキミにきっと大差をつけるだろう。だって僕はウサギなんだからね。僕は走るのが得意だ。僕から走る才能を無くしてしまうと僕には何も残らない。言ってしまえば走ることは僕のすべてなんだ。誰よりも速く走る。常に。そして僕がキミに大差をつけて振り返った時、キミの姿が見えなかったとしても、僕は休まない、絶対に。慢心は敵だ。どんなに差がついていても僕は走ることを止めない。負ける隙をつくるのは二流の考え方だ。僕は勝つ。圧倒的に。いいかい?」

 カメはウサギに答えた。

 「いいね、ウサギさん。素敵だよ。勝負をするからにはそうでなくちゃ。ありがとう、光栄だよ。でもね、ウサギさん。僕からもひとこと言わせて欲しい。僕はただのカメじゃない。カメは足が遅いって誰が決めた?僕は生まれてからずっと足が遅いことがコンプレックスだった。だからそれを克服しようと努めてきた。人よりも足が遅い僕は人の三倍努力をして普通だと考えて生きてきた。一人分の努力で人より足りないものを埋めて、一人分の努力で人並みの努力をして、一人分の努力で人に僅かでも差をつけようと決めた。自分にできることを一日も欠かさずに積み重ねてきた。自分は足が遅いって決めつけたらそこで終わりだ。昨日より今日、今日より明日、一秒でも速く走れるようになろう。そう考えて努力し続けた。勝負は分からないよ。僕は絶対に諦めない。勝負は走ってみないと分からない。」

 「いいね。いくよ。」

 「ああ。」

 二人は、同時に走り出した。それはいい勝負だった。ウサギはカメがこんなにはやく走るのかと素直に驚いた。カメもウサギが手を抜かずに本気で勝負を挑んでいることが嬉しかった。二人は自分にできる最良のパフォーマンスをそのレースで展開した。勝負はどうなったか?それはどうでもいい話だ。二人はお互いに敬意を払い、ベストを尽くした。そんなレースができたことに二人はお互いを讃え、誇りを感じた。

おしまい。

 僕はすうすうと寝息を立てて寝ついた娘の顔を確認すると静かにベッドの灯りを消した。

 ウサギでもカメでも、いいんだよ。

 僕は、手づくりの絵本をそっと閉じた。
 

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