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【短編】「肉球」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 080

 ねえ、キスしたことある?と、ネコが聞いてきたので、ボクはない、と答えた。

 
 でも少し考えて、毎日しているかもしれない、と答えた。

 誰と?ネコはしつこく聞いてきたので、上唇は下唇と、下唇は上唇とだよ、と答えた。

 なるほど、と、ネコは言って、でも、それはキスとは言わないよ。キスって柔らかいものだからさ、と肉球をボクの頰にくっつけた。

 なるほど、ネコの肉球ほど柔らかいものはないな、と、ボクは感心しながら、どうしてキスは柔らかいのかな、とネコに聞いたら、ネコは、それはカミサマが、人の柔らかさをキスに込めてデザインしたからだ、と答えた。

 ボクは肉球を押しのけてネコにキスをしてやろうかと思ったけれど、ネコには唇がないので、それはできなくて、仕方がないので、鼻をくっつけてやった。

 するとネコは、なあん、と鳴いて、窓辺の棚にひょいとジャンプした。

 カミサマはネコには肉球を。

 人間にはキスをお与えになった。

 ボクはネコになりたかった、と心の中で思ったけれど、それをネコに言うのはやめた。



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