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【短編】「伽」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 054

 雨漏りがした。

 家ではなく、私の中で。

 どこかからすきま風も吹いている。

 上空にはまだ寒気が残っているようだ。心から冷える。

 まとわりつく空気は凛と美しく手触りも滑らかだ。だが、兎にも角にも冷たい。

 侵入した雨垂れが血管を伝い、気づかぬうちに体温を奪う。

 どうしたものか。心的機関がまったく駆動しない。

 荒れ果てた牧場の脇に置き去りにされた農耕機のように雨露に濡れている。

 動力に火が点る気配はまったくない。

 モノクロームの枝に止まる烏に私は聞く。 

 「心の動かし方を教えてくれないかしら」

 「贅沢だね」

 烏は正面を向いているのか横を向いているのか分からないまま言葉を放つ。それ以上、烏は何も言わない。仕方がない。彼らは黒いのではなく色を失っているだけなのだ。

 私はポケットの中で伽を探し、システムを起動する。

 ぬくもりのシステムを。

 僅かな容量のポケットだ。十七年しか生きていないぶん仕方がない。

 小さな袋の中で鉄粉を擦り、空気と混ぜ合わせる。

 頬に伽を当てる。伽の柔肌は私を落ち着け雨露を拭ってくれた。

 温まるには時間がかかるだろう。

 だが吹きさらしの私には常温の伽ですら充分な安堵だった。

 ぬくもりがじわりじわりと歩をすすめ、近づいてくる。

 言葉はない。だが体温だけでよかった。

 私は、無言で横に座り、温まるのをじっと待つ伽に、ただ感謝をした。

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