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【短編】「傘と烏」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 059

 少年は傘を逆さに差していた。

 傘は雨を集めた。

 少女は地面に傘を差していた。

 雨は彼女を打った。

 一羽の烏が空から二人を見ていた。

 烏は少年に言った。

 「傘が逆さだよ」

 少年は答えた。

 「傘って何?」

 「君の持っている道具さ。雨を凌ぐための知恵だ」

 「これを逆さにすると水を集められないよ」

 「水が欲しいのかい?」

 「君は欲しくないの?」

 「欲しくないと言えば嘘になる。でも雨に濡れてしまうよ」

 「雨?この恵みに濡れるくらいなんともないよ。弾くなんて考えられない」

 少年に匙を投げた様子で烏は羽ばたき、地面に傘を差す少女に言った。

 「傘の差し方が違うよ」

 少女は答えた。

 「傘って何?」

 「君が地面に差している道具さ。差すというのは天に向かって開くという意味なんだ」

 「開く?私の杖を?」

 「杖?」

 「この杖のおかげで私は立てているの。開いてしまったら杖にならないじゃない。」

 「雨に濡れてしまうよ」

 「雨?ああ、この心地よい潤いね。私は好きよ、雨」

 烏は飛び立った。

 自分が身につけた知恵が知恵なのか分からなくなった。

 眼下には街が広がっていた。

 多くの人間たちが傘を差している。

 傘が地面につくる大量の動くドット模様を眺めながら、烏は人間たちの知恵と雨の中を飛んだ。 



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