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【短編】「風」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 070

 タクはバイト先のコンビニエンスストアに急いでいた。梅雨に入る前のこの季節、土曜日の午前中。風は気持ちがいい。だが午後には暑くなりそうだ。ラジオの気象予報士が言っていた。7月上旬並みの気温になるでしょう。他校の生徒たちがジャージ姿で一列に並んで通り過ぎる。高校のバスケット部だろうか。皆背が高い。リュックからミネラルウォーターを取り出し一口飲んだ。冷たいイオンが食道を這って胃に流れ込んだ。

 強い風が吹いた。向かい風だった。タクは違和感を感じた。

 さっき肌に触れた風と同じ風だったからだ。

 同じ風?風向きも、強さも、肌触りも、軽く蒸したような緑の匂いも同じ。同じ風。

 不思議な感覚の中、歩を進める。また風が吹いた。

 同じ風だった。

 風向きも強さも肌触りも、匂いも同じだった。

 国道を走る車の数はまだ少ない。

 タクはコンビニエンスストアの先輩の愚痴を聞くことを前提条件に踵を返し、今来た道を戻った。そして先刻風を感じた場所に立つ。

 風は吹かなかった。

 自分は何をしているのだろうか。はっと我に返り、歩き出す。すると風が吹いた。同じ風向きの同じ強さの同じ肌触りの風だった。緑の匂いの濃度もまったく同じ。

 不思議なこともあるものだ、と思いながらバイト先へと急ぐ。振り返ってみたが、先ほどタクが風を感じた場所はどこにでもある国道沿いの路上だった。


 ミユキは自分がコピーアンドペーストで貼った部分に気づき、慌てて修正作業に入った。

 毎日少ない睡眠時間で世界を構築する仕事に限界を感じていた。

 近々、辞めようと思っていた。

 パラメーターを確認する。幸い怪我人が出るような竜巻が発生するリスクもなく、値は正常の範疇だった。どちらかといえば春の気持ち良さを感じるような温和な風。ミユキも自分なりによくできた、と思えるデザインの風だった。だが、コピーアンドペーストはよくない。

 先日も、おカミからのお達しが届いたばかりだった。春のアルゴリズムを夏のそれと間違えて打ち込むようなミスが相次いでいるとのことだった。気を引き締めるように、と。人員不足なのだが、それは言い訳にしかならない。

 ミユキは、コピーアンドペーストでループ状態になっていた風の数値を変えデザインした。今日、この世界になるべくやさしい風が吹きますように。


 ぼうっとしていたぶん、走ることになったタクはなんとかぎりぎりバイトの時間に間に合いそうだった。農道の広がる国道沿い。コンビニエンスストアの原色の看板が目に入った。タクは息を弾ませながら、歩を緩めた。

 5月らしい風が、タクの汗ばんだ頬をやさしく撫でた。

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