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【短編】「靴」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 001

 土曜日の夕方だった。

 久しぶりにカノジョからスマートフォンにメッセージが入り、ご飯でも食べよう、というので、外に出ようとしたら靴が一足もなかった。

 滅多に掃除なんかしないのだが、記憶がない。全部片付けてしまったのだろうか。飲酒はしないので基本的に僕は24時間シラフなのだが、昨夜の記憶が曖昧だ。仕事で遅くなり、深夜に帰宅して倒れるように寝た、気がするのだが。

 靴箱を開けてみた。だが靴は一足も入っていない。すべての棚が空っぽだ。

 靴が一足もない。

 誰かが靴を盗んだのだろうか。鍵はずっとかかっていたはずだ。ほかに荒らされた形跡もない。それ以前に、僕の薄汚れたスニーカーなど盗む価値はこれっぽっちもない。

 靴がないのだ。

 果たして僕はどうやってこの家に帰って来たのだろうか。思い出せない。

 そもそも自分がどんな靴を履いていたのかを思い出そうとしてみたが、思い出すことができない。そんなはずはないと思いつつ、イメージを描いてみたが、どうしても自分の靴というものをイメージできない。白いスニーカーだったろうか、ニューバランス?ナイキ?生地は?サイズは?

 まったく思い出せない。

 靴というものが消えたようだ。

 困ったことになってしまった。僕に用意された選択肢は2つだ。

 靴を履かずに、外に出るか。
 このままずっと、外に出ないか。

 平凡な人生に突きつけられた無慈悲な二択に悚然とし、僕はしばし玄関でもぬけの殻となっていた。

 はっと我に返り、カノジョにこのことを伝えなければ、とスマートフォンをポケットから取り出し、メッセージを打った。

 「靴がないんだ。」

 既読のマークがつき、しばらくして返信が返ってきた。

 「大丈夫、そこで待ってる。久しぶりにご飯を食べましょう。」

僕は靴を探すのをやめた。

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