【短編】「mirror」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 011
ある朝起きたら、右と左が分からなくなっていた。
洗面所で歯を磨こうとした時に気づいた。
右手に握った歯ブラシに左手で歯磨き粉を塗って口に入れ、反復運動を始める。目の前の鏡に映っている僕は左手で歯ブラシを握り、まったく同じ反復運動を行いながら、寝ぼけ眼をこちらに向けている。
なぜかは分からないが、鏡の中の僕の方が、僕であるような気がしてならない。
シャコ、シャコ、シャコ、と歯を磨く。
この歯ブラシを動かしているのは、僕の意思なのだろうか。
自信がどんどんなくなってゆく。
それどころか、向こうが歯を磨いているような気がしてならない。
動きを、ぴたっと、止めた。
いま、ぴたっと、動きを止めたのは、僕の意思だったのだろうか。
分からない。
疑心暗鬼で反復運動を再開する。
再開したのは、僕ではなく、鏡の向こうの僕のような気がしてならない。
だって。
だって、ほら。
僕は左利きだったじゃないか。
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