見出し画像

【短編】「烏たち」_Simplicity of the world, Complexity of the life. 082


 僕は前世、烏だったことをまだ彼女には言っていない。

 木の上から人間たちを見ていた。

 人間たちが羨ましかった。

 はじめて彼女と二人で公園に出かけた時、何をして良いかわからなくてベンチに座った。

 都内の公園の木の上から烏が見ていた。

 そのときはじめて烏の羽を美しいと思った。

 自分では分からないものだ。

 彼女は、烏を見て空が飛べたらいいのに、といった。

 僕は空を飛ぶより、手をつなぎたい、と思った。

 羽なんかいらないよ。

 どきどきする。

 烏の頃、こんな気持ちになったことはなかった。

 それからしばらく僕たちは言葉を捨てた。

 烏がカアカアと鳴いた。

 羽も言葉も捨てた僕は、人間に生まれて良かった、とあのとき思った。

 彼女は何を思っていたのだろう。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?