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株で人を動機づける_経営の武器として(前編)


人事として働いていたITベンチャーで、2019年に東証マザーズから東証一部に鞍替えすることになった。

そのタイミングで役員報酬を再設計することになり、株式報酬も併せて設計することになった。

株式報酬は、とんでもなく複雑だ。会社法、税法、金融商品取引法・・・etcなど、法律的な縛りが多いので、書籍を複数冊購入したが、全体像を効率的に俯瞰して理解することがとても難しい。

しかも、書籍はなかなか分厚い。

ということで、これから株式報酬を設計しようとしているあくまでも初心者向けに、全体像を効率的に俯瞰する目的で整理した。

専門家から見ると、オイオイそれは言い過ぎやろ、という部分もあるはずだが、ご容赦頂きたい。

書いていると、全部で20,000文字にもなってしまったので、前編→中編→後編と3回に分けて公開していきたい。


まずそもそも「株式」とは何なのか?


「株」とも言うし、ちゃんとした言葉としては「株式」と言う。

何が違うのか。とても気になっていたし、もやもやしていた。


株式の意味は、「株」+「式」で構成される。

株の意味:複数人で構成される株主チームの構成員だよ
式の意味:地位(とか権利)のこと


ざっくり理解するならば、この会社の株主の一員だぜ!という地位。そしてその地位に伴い得られる様々な権利。このことを「株式」と言う。

株の語源的意味が”構成員”というのはとても意外。


株式と株券の違いは?


株式とは地位のこと。地位は目に見えにくい。

だから、地位が目に見える形で表現されたものとして「株券」がある。

ただ、今から約10年前の2009年に電子化されて、もう株券を見る機会は少なくなった。会社法でも「株券は基本的にはもう発行しねーよ」ということが明記されルール化されている。

お金でいうと、紙幣が完全になくなって電子マネー化されている状態。


(メルカリに株券が売ってあったw)

https://item.mercari.com/jp/m67907692206/

昔は株券と株主名簿の両方での管理だったが、今は株主名簿に記名されて管理される。



株主という”地位”になるとどんな嬉しいことがある?


株主という地位にあるからこそ得られる権利は大きく2つ。

1.株式の保有数に関係なく、誰でも得られる権利
2.株式をたくさん保有する数少ない株主(少数株主)しか得られない権利


1.誰でも得られる権利とは?

まずは、インカムゲインとキャピタルゲインというやつ。

インカムゲイン:持株の数に応じて配当金がもらえる(剰余金配当請求権)
キャピタルゲイン:株式の値段(価値)が高くなり譲渡した時に利益がでる

あと、最近重要になってきているのが、

倒産・解散した時、財産を分配してもらえる権利(残余財産分配請求権)

重要になってきているのは2つの背景がある。

1つは、借り入れメインよりも増資メインで資金調達を行うことが増えており、資本金を食いつぶす前に事業停止・解散することもあること。

2つめはM&Aが活発になってきており、企業を売却した際の(”清算した”とみなされる)お金の分配において重要な権利になること。

あとは、

株主総会で会社の重要な意思決定に参加できる権利(議決権)

という感じ。


2.少数株主しか得られない権利とは?

これは、主に経営の意思決定に参画する権利。

数字は、持株比率。

1%:株主総会で「これ問題じゃね?」と提案できる(株主提案権)
3%:「株主みんな集まろうぜ!」と招集できる(株主総会招集請求権)
&「会計上の詳細な帳簿を見せて!」と言える(会計帳簿閲覧請求権)
10%:「こんな会社もうなくなれ!」と解散を要求できる(解散請求権)
33.4%:株主総会で重要決定事項をNG!と否決できる(特別決議単独否決)
50%:株主総会での決定事項(重要事項除く)をOK!!と決定できる(普通決議の単独可決)
66.7%:株主総会での重要事項をOK!と決定できる(特別決議の単独可決)


だから、経営者として自分の思い通りに経営したい場合は、33.4%の議決権を持っておくことが重要だと言われる。上場前にもこのあたりを証券会社から確認されることもあるようだ。サンプルは限定的だが、創業者社長の場合、上場時にも30%以上を持っている場合が多いようだ。


ちなみに、(上場企業の)5%以上の株式を保有すると、内閣総理大臣(実質的には金融庁)宛に「大量に保有しているのです、詳細はカクカクシカジカで、、、」という”大量保有報告書”なるものの提出義務がある。

提出しなかったら、罰金or懲役が科される。なかなかの責任だ。

5%というのはそれくらい大きい。ということで、1%って少なくね?って思いがちだけど、十分に大きい。



一体どんな株式報酬のスキームがあるのか?


とにかく、全体像が知りたい。いろいろありすぎて全体像が分からない。

こういう時は、歴史的な切り口からひも解くのが良いと思っている。

なぜなら、歴史は「できなかったことができるようになる」という連続だから。詳細は置いておいて、最も致命的に不便だったことが解消されたのか?という点がチラリと垣間見えるはずだ。

結論としては、8つのスキームを知っておけば全体像を俯瞰したと言えると思っている。

ストーリーとして歴史をひも解いていくような形式で、株式報酬を整理していきたい。


No.1 日本において歴史的に最も古い「持株会」


従業員(or役員)持株会という一度は聞いたことがある仕組み。

持株会:従業員が毎月一定金額を給与から天引きされ、自社の株式を持株会を通じて購入することができる仕組み。財産形成(=福利厚生)の意味合いが強い。奨励金の支給がセットになることが多い。

面白いのが、持株会は、実は従業員のために普及したものではない、ということ。

1960年代に、日本はOECDに加盟し、資本取引がより自由になったので、「外国企業から買収されるかも!やべーかも!!」という防衛策として企業間の株式の持ち合いを強めていった。その文脈の中で、「従業員にも持ってもらえると安定株主になるし、いいよね。」となった。

これは成果主義が2000年代に広まったのと似ている。”人件費抑制”という経営の課題感と合致したので、年功的賃金から成果主義へ急速に変わっていった。(当然、従業員のやる気を引き出すという目的もあるが、きっかけは前者。)


従業員持株会全体で、1%くらい持っているのが平均。

上場企業の9割以上(約3,200社)が導入している。

(東証が出している持株会の統計調査)


従業員全員で1%なんて、少ない!!って思うかもしれない。

けれど、これは上場後の話。

上場前に株を持っている人も売却し、上場して多数の資本も入った後に1%程度が平均値になっているという話。

例えば自分がいたリクルートも上場時は持株会は10%以上の比率だったけれど、今は2%程度になっている。

(上場時は約11%という記事)

(直近では約2%)


江副さんの事を書いた本(「江副浩正」16章:リクルートイズム)にもあるように、「社員皆経営者主義」という確固たる思想を実現する打ち手として持株会を筆頭株主にしていたという観点も、今の時代にも生かせるかもしれない。

持株会は「上場を目指している」ことを公にしている前提で、経営目線や企業全体業績への興味関心という点では大いに貢献する。上場したら数十倍にもなることが見えているチケットを毎月購入するようなものだから。

ただ、上場後は、そういった要素はかなり薄れる。上場前上場後双方のタイミングともに従業員持株会に入っていたが、あくまでも財産形成としての”福利厚生”的な意味合いがとても強くなってくる。

※ここでいう福利厚生というのは、「業績向上のためのインセンティブ」とは反対の概念で使っている。

インセンティブは、それが機能する大前提として、「頑張れば、さらに獲得できる」ということが必要。でも持株会の仕組みでは、業績がよくなると(価株が高くなり)購入できる株式が少なくなるので、逆インセンティブ性が働くよね、とも言われたりする。

そういうこともあって、「持株奨励金」という制度が整備されていることも多い。例えば30,000円毎月かけることを従業員が選択したら、会社から10%追加で金額を載せて33,000円の株式を購入できるというもの。

利回りが10%保証されているようなものだからすごい仕組みだけど、やはり財産形成支援、福利厚生として効いてくるものになるだろう。

上場後は持株会加入者は減り、どんどん人気がなくなっていくのが一般的ではないかと推察する。

自分で給与から毎月掛け金を支払う、ところに端を発した「福利厚生的な要素が強すぎる」問題、「持株会人気無い」問題に対して、新たなスキームが誕生することになる。


No.2 持株会の発展形_ESOP信託

ESOPは、Employee Stock Ownership Planの略。従業員による株式所有計画と訳される。2000年代後半に法制化された。

ESOP信託:従業員のパフォーマンスや勤続年数に応じて会社がポイントを積み立てていき、ポイントに応じた株式が退職時に支給される仕組み。株式の付与等の運用は企業が「信託」機関に任せることが大前提。


2000年代前半に、株式の持ち合いが解消されていく流れの中で、買収防衛策として&株主価値を高める施策として、自社株買いする企業が増えてきた。(ちなみに、この時期は「第1期持ち合い解消期」と言われる。今は「第2期持ち合い解消期」。)

自社株買いした株式を、市場に出回らないようにするためだけに置いておく(=金庫株)のはもったいない。その株式を安定株主として従業員に持ってもらおう&インセンティブとして渡すことで士気を高めようという発想だ。

元々は米国で40年以上前に考案され、米国では6,000社ある上場企業のうち5%程度の350社が導入している仕組み。非上場含めると10,000社程度が導入している。(※「日本版 ESOP (従業員自社株保有制度)の登場とその役割」2009野村證券)

日本で広がり始めた当初は、従業員持株会に毛が生えたくらいのスキームで、個人が毎月自分の給与から拠出することは変わらないし、特にパフォーマンスに応じて異なるわけでもないし。随分本来的な米国のESOPとは違うよね、ということになってきた。

その後、個人のパフォーマンスに応じて、かつ、本人の給与から拠出することなしに、信託機関に任せることで株式を無償で譲渡できるスキームが開発され、導入企業が増加してきた。(前者の持株会に毛が生えたverと、後者の信託版の2つがあり日本独自の進化を遂げたので「日本版」という名前が付く)

2000年後半に始まり、10年もたつ古い仕組みだが、2015年以降で導入する企業が増加している。2015年には約100社→2016年には150社。(出所:2016/7/31 日本経済新聞 ※直近のデータは調べたが無かった。)

背景として、2015年のコーポレートガバナンスコードが制定されて、「もうちょっと株式を活用して株主と同じ長期的な目線になってもらおう」よ、という中で管理職レベルまでの導入が進んでいるそうだ。

さらには、スターバックスに代表される従業員をより大事にし、信頼し、従業員起点で自律的に動いてもらうという経営手法の広まりとしての影響もあるだろう。

直近でも、イオンやサイゼリアなど非正規雇用のアルバイト・パートが戦力となる会社や、第一生命が契約社員に本スキームを活用している。


上場している企業の場合、自社株買いした金庫株の活用ができるなら、追加キャッシュアウトしないし、時給をすぐには上げられないという課題の対応策としても活用できるだろう。(信託銀行に頼んでいくらかかるのか次第)

ポイント制(例:成果に応じて付与数変える)で設計するのが基本となるので、制度的にも設計しやすく、かつ運用も信託機関に全部任せらるのがメリットだ。

非上場の場合に活用できるか不明だが、仮にできた場合でも現実的に信託銀行へのキャッシュアウトがあるし、経営判断としてOKとしない可能性の方が高いかもしれない。



No.3 ベンチャーブームの申し子_ストックオプション


では、ストックオプション(以下:SO)は、いつ頃、どういう背景で日本に広まっていったのだろうか。

ストックオプション:経営者や従業員が自社の株式を一定の金額で購入できる権利のこと。購入するかどうか選択可能なのでオプション(選択権)という名前が付く。株価が低い時点(≒上場前)の金額で購入する権利を得て、高い時点(≒上場後)に売却することで大きな利益が得られる。

SOが法制化された1995年~2000年にかけては、日本では第3次ベンチャーブームというのがやってきていた。ちなみに今は第4次。

バブルが崩壊し、企業数も減少傾向となる中で、アメリカ型の創造的な企業を増やしたいという政府の意図によるところがベンチャーブームが起こったきっかけだった。

楽天やDeNAの創業はこの頃。米国でもAmazonやYahooなど。市場活性化のために東証マザーズができたのもこの頃だ。

当時1995年当時の経団連から政府への要望書が残っているが、SOについて「起業のインセンティブとして、また、優秀な人材を確保し事業の発展に注力させるために不可欠な制度」と言及して、活用できることを要望している。


そういった状況の中、1997年にはベンチャーだけでなく上場企業にも導入可能となり、2001年に商法が改正され法整備も進み広まっていった。

出所:日本政策投資銀行設備投資研究所 「経済経営研究 2010年3月」


SOの良い点と実際の威力は?

SOは日本に導入された経緯の通り、非上場の企業が使う時にとてもメリットがある。キャッシュアウトすることなく期待している人に渡し、業績向上に向かってかなりの威力のインセンティブを与えることができる。

また、与えられた権利を全て行使する(=株式を購入して自分のものにする)ためには、通常は数年間会社に在籍する等の必要があり(べスティング条項)、退職防止の効果もある。

例えば、最近Chatworkの上場申請が承認されたというのがニュースになった。その第一回新株予約権(初めてSOを発行した時)の行使条件として以下のようにルール化されている。

①株式公開の日後1年を経過する日まで→0%
②株式公開の日後1年を経過した日から、株式公開の日後2年を経過する日まで→割当個数の25%
③株式公開の日後2年を経過した日から、株式公開の日後3年を経過する日まで→割当個数の50%
④株式公開の日後3年を経過した日から、株式公開の日後4年を経過する日まで→割当個数の75%
⑤株式公開の日後4年を経過した日以降→割当個数の100%

出所:Chatwork株式会社 新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅰの部)

ちなみに、Chatworkは新株予約権が7回発行されている。4回目までは50人くらいいる従業員全員に付与していたと想定される。

仮に役職による傾斜など無視して全員に平等に分担されるとした場合に、ざっと2016年からジョインしていた約50人に、1株250円で購入できる権利をおよそ46,000株分(※)を付与していることになる。

※Ⅰの部をざっと見て、1回目:約20個、2回目:約20個、3回目:約100個、4回目:約90個に、200株/個を乗じた概算


証券会社で事前IPO価格として購入できる価格は1,700円前後と予想されている。IPO後、仮に2,000円程度で株価が4年後まで維持できれば、(2,000円-250円)×46,000=約8,000万円が一人あたりの利益となる。

約20%課税されるので手残りとしては約6,500万円。

上場後4年後まで社員として在籍する前提にはなるが、キャッシュアウトせずに少なくとも50人に8,000万円の恩返しができるというのは、半端なくレバレッジが効いた仕組みだ。

このストックオプションによるドリームは、大型株が上場する度にニュースで取り沙汰される。


資本主義を仮に、”資本を多く勝ちとった人が偉い!と言われるゲーム”と捉えるならば、ストックオプションはゲームの新しい攻略方法だ。

タダで株式を発行できるアイテムを使い仲間を集めてゴールを目指せる仕組みが法的にも認められているということで、素敵な仕組みだと思う。

こういう事実がもっと拡散されて、ドリームを掴もう!という人が増えれば良いと思う。


SOのデメリット/限界は?

しかし、一方で、Chatworkの従業員は2019年7月末時点で約100人いる。残りの50人は少ししかもらっていない人、全くもらっていない人かもしれない。昔からいた人にしか良い想いをしてもらえないというデメリットがある。

また、上場以降は企業努力以外の(世界経済等の)変数でも株価が変動し、下落する場合もある。

大きく下落すると、購入する権利を放棄or延期すればよく「知らんぷり」できてしまう。これは株式を保有してもらって株主と利害を共有するという株式報酬の重要な目的に照らしてかなり不十分だ。

つまり、SOは株価が明らかに大きく上昇していくよねー、という局面でしか威力を発揮しない

次回は、このSOのデメリットを解消することも意識して編み出された1円SOなどをみていきたい。

経営者や人事の人に振り返ってもらいやすいように、一覧化したものをスプレッドシートにまとめたので張っておきます。


次回の中編ではNo.4~No.6をみていきます。来週までにはアップします。


ちなみに8/30に株式報酬の勉強会をしました。株式会社うるるの秋元さんに実践知を語ってもらい、とても有意義な場でした。

秋元さん有難うございました!

第2回目は違うテーマ(ティール組織)で実施します。

”外発的動機付け”であり”金銭報酬”の最強ツールである株式報酬とは真逆。

”内発的動機付け”に訴求するための手段を一緒に学べればと思います。

ご興味ある方は以下のbosyuからお願い致します。





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