青山敏弘のユニフォームを見た途端、森﨑和幸さんの表情は変わった…
青山敏弘選手が今シーズンで引退する。正直、僕はシーズンが始まる前に〝そうなる事〟を想像してしまっていた。新スタジアム、ピースウイング開業の年、そのピッチに立つという目標を果たして今年いっぱいで…。そう僕は勝手に想像してしまった。
いずれにせよ、僕が体験したある出来事を何か形にしたいと感じた。僕1人の心の中に留めておいてはならないと考えた。だからここに残しておく…
2004年8月7日、東京ヴェルディ対サンフレッチェ広島、サンフレッチェ広島アウェイゲームのパブリックビューイング
パブリックビューイングでは毎回ゲストへの質問を受け付けている。僕はなんとしてもこの日のゲスト、カズさん(森﨑和幸さん)に質問したい事があって、早めに会場入り、何度も書き直しながら、気合いを入れて質問用紙に記入した。
ベルギーから川辺駿が帰って来た。サンフレッチェ在籍時にはカズさんから背番号8を受け継いだハヤオが。しかし、サンフレ復帰となる今回の背番号は66…。それは青山敏弘選手を意識してのものだった。
パブリックビューイングの冒頭。やはり話題はハヤオの復帰についてだった。司会の貢藤十六さんがその話を始めると、会場は期待に満ちた大きな拍手に包まれた。
そしていきなり、僕の質問が読み上げられた。
ハヤオへの思い
青ちゃんへの思い
背番号への思い…
僕は息を呑むように
カズさんの言葉を待った…
そしてカズさんはゆっくり、静かに、語り始めた…
カズさん
「先日、帰って来たハヤオと
事務所で会ったんですよ…。
それで一言、話したんですけど…」
僕(なんだ!なにがあったんだ!!!)
僕は次の言葉を待った、心臓の高鳴りと共に…
カズさん
「お前…、8番捨てたなって、言ってやりましたよ」
(????????)
一瞬の静寂の後、会場が大爆笑に包まれる
十六さんが思ってもいない答えに僕の書いた質問にもう一度目をやりながら、書いた箇所を指差しカズさんに見せながらながら再度同じ質問をした
十六さん
「えっと…、川辺選手は良い番号だから背負う選手が頻繁に変わってはいけないとか、もう1人のお手本となる背番号6を背負う選手を越えるため、
とか…」
そう言ってもカズさんは止まらない
カズさん
「ハヤオ、そんな事言ってたんですか?」
十六さん
「インサイドで言ってたのかな?たしか…」
カズさん
「いゃ〜、どうせ嘘ですよ、アイツ。
6番付けたかっただけですって(笑)」
会場はひたすら爆笑だった。カズさんはイタズラする子供のような、悪そうな顔で後輩イジリのコメントを繰り出し続けた。僕の気合いの入った質問はこのようにして〝ドクトル・カズ〟に簡単にカットされた。カズさんが現役中、対峙したアタッカー達もこのように、いとも容易くカットされたのだろか。
いずれにせよ背番号の話題は
会場の笑い声の中に消えていった…
ご存知の方もいると思うが、カズさん
(森﨑和幸さん)は結構毒舌である(笑)
でもその毒舌の中に愛を感じる方でもある。
この日も完成したばかりのヒロパの話題の際、オープニングイベントで双子の弟、森﨑浩司さんがヒロパで行ってみたいお店に「ケンタッキーフライドチキン」と発言した事に対し
カズさん「あいつマジ子供っすね(笑)」
とイジるようにコメントされていた。
しかし、マイクに入るか入らないかの声で
「今度、買って行ってやろうかな…」
と仰っていたり
以前も、パブリックビューイングの会場で松本泰志選手のゴールに「いゃ〜、泰志らしくない素晴らしいゴールでしたね〜」と会場を爆笑させたり
でも別の日のパブリックビューイングでは、カズさんは期待する選手に松本泰志選手を挙げ、また、最も成長した選手にも松本泰志選手を挙げている。
野津田岳人選手のタイへの移籍に触れた際にも、残念そうに、寂しそうに、これからの活躍を願うコメントをされていた。
それはきっとアウェイ京都戦でアンカーとして出場した岳人のプレーをカズさんは絶賛していただけに、広島でこれからも活躍してほしいという思いから、そのような表情を見せたのだろう
さて、東京ヴェルディ戦のパブリックビューイング。試合は加入したばかりのトルガイ・アルスランが中盤で違いを見せるものの、大橋祐紀の抜けたワントップをどうするかという問題を抱えたままの前線は停滞したまま時間が過ぎた。
この日はキックオフから雨が降っており、試合の経過と共に雷鳴が響き始めた。そして前半20分頃、雷のため試合は一時中断。この後、試合再開まで約1時間半も待たされる事になる。
予想していない出来事に、パブリックビューイング会場は中断中、やる事が無くなってしまった。
カズさんは即席のサイン会兼撮影会をすることになった。僕はその間、十六さんやパブリックビューイングを運営されている関係者の方々とサンフレッチェの事を話ながら再開を待った。
しかし長時間の中断である。またすぐにやる事が無くなってしまう
カズさんは解説席に座り、再開を待った。
ちょうどその席の傍に座っていた小学生ぐらいの男の子が待ちくたびれたように、寝そべりながら中継映像を見ていた
カズさんが男の子に声をかけた
「疲れた?試合始まらんね。暇じゃね。」
男の子は軽く頷く程度で、会話は続かなかった。
その会話を隣で見ていた僕は、今ならと思い
勇気を出してカズさんに話しかけた。
僕
「あの〜、カズさん。一つ質問
よろしいでしょうか?」
カズさん
「いいですよ」
僕はその日の試合で気になった事を聞いた。
本来シャドーの加藤陸次樹がワントップに入り、窮屈そうにプレーしているように見えた、
カズさんはどう思ったか…
カズさんの答えはとても分かりやすかった。
陸次樹がするべきプレー、控えるべきプレー…
また、この試合に向けてチームが取り組んでいるであろう準備と、取り組みきれていないであろう準備…
試合中の解説ではプレーの流れに合わせ解説をされている為、大まかにしか語られないが、長い中断時間だった為、細部にわたり丁寧にゆっくりと話してくださった。
僕にとっては宝物のような貴重な時間だった。
自分の中で森﨑和幸は憧れというか、歴代の選手の中で最も思い入れのある選手というか…。〝ドクトル・カズ〟は、あの頃のサンフレッチェ広島可変システム〝ミシャシステム〟の頭脳で正に司令塔だった。中継映像の画面に急に現れたかと思うと、相手のボールを一瞬で奪い、長短織り交ぜたパスでチームをコントロールし、守備に向いていたチームの矢印を攻撃の方向に変える渦の中心。
〝背番号8・KAZU〟のプレースタイルは
最高に最高にカッコ良かった。
そんなカズさんとお話しさせてもらえる、
その瞬間は緊張もしたし、至福の時間でもあった。
そうこうしているうちに試合再開の目処が立ち、みんな席に戻り始めた。
十六さんが解説席に座ったとき
僕の方を見て何かに気付いた。
十六さん
「あっ!それ。ピースマッチの
シュトゥットガルト戦のユニフォームですよね」
この日、僕は買ったばかりの
スペシャルユニフォーム
(ピースマッチ限定ユニフォーム)を着ていた。
試合中断時間には上着を羽織っていた為、ユニフォームを着ているのが分かりづらかったのだろう
十六さんとカズさんは解説席から
僕のユニフォームをじっくり見た
十六さん
「よく手に入りましたね〜」
僕
「あ、はい、なんとか。限定ユニフォーム
買えました(笑)。サイズ感がわからなくって、
パッツパッツになっちゃって(笑)」
ずっとサンフレッチェ広島が好きだったけど、何を隠そうこれが我が生涯初ユニフォームなのだ。販売開始から数分で売り切れてしまうほど争奪戦となった限定版ユニフォームをなんとか買う事が出来た。
ユニフォームが到着して気付いたのだが、レプリカかと思ったらコンフィット仕様だったようで、着てみたらかなりタイトフィットだった(笑)。
僕はそれが恥ずかしくって試合中以外は上着を羽織っていた。
カズさんが僕に話しかけた
カズさん「背番号、誰にしたんすか?」
僕は恐る恐る、背中を見せるようにしながら
カズさんに答えた
僕
「すいません。僕もハヤオ選手も、
6番、6番って言って…」
カズさん
「ん?」
僕の声が聞き取りにくかったのか、
カズさんは不思議そうな表情になった。
薄暗い会場の夜の闇の中を
大型ビジョンの光を頼りに
カズさんは解説席から僕の背中を覗き込んだ。
そして、
僕が着る背番号が見えた途端
カズさんの表情が一瞬で変わった…
はじける笑顔に…
カズさん
「いいっす!めっちゃいいっす!!!いいっす!」
はじける笑顔で
はずむ声で
カズさんは何度も何度もそう言った。
僕の背中の背番号6を
青山敏弘の背番号6を
真っ直ぐ見ながら
僕
「いや!あの…本当はカズさんの背番号も
考えたんですよ。いや、本当ですよ!」
自分はカズさんのユニフォームも考えていた
カズさんが現役最後のシーズン。どうしても背番号8〝KAZU〟のユニフォームが買いたかった。でも、当時の僕にはお金の余裕も、サッカーを観る時間もなく日々の生活にただただ忙殺されていた。森﨑和幸という心から大切に思う選手のユニフォームを僕は手に入れる事が出来なかった…それをとてもとても、ずっとずっと後悔している。
ただ今年はどうしても
青山敏弘の背番号6を…
そう考えた
青山敏弘
現役ラストシーズンになるのではないか…
そう思っていたからだ
大切に思う選手のユニフォームを
欲しいと思ったときには
なんとしても必ず手に入れるべき。
カズさんのときに学んだの我が教訓だ
偉大なカズさんのユニフォームも
考えていた自分は
カズさんに失礼がないように
という気持ちでいっぱいになった
焦るように、取り繕うように話すに僕に対して、カズさんは思いもよらないことを言った
「俺の番号なんてどうでもいいっす!
これがいいっす!!!
これがいいんです!!!」
(????????)
驚いた
(カズさん…何言ってんだよ…
俺の番号、どうでもいいって…)
今日この会場で
カズさんは確かに言っていた
「自分も8番には思い入れがあります」
「自分にとって大切な番号」と…
僕にとっても
最高にカッコ良かった
背番号8〝KAZU〟
そのカズさんが…
僕は驚き振り向いた
しかし、僕が振り向いた先にいた
カズさんの表情は満面の笑みだった。
本当に嬉しそうだった
間違いなく
この日1番の
最高の笑顔だった
ただの一般人の僕の背中を見ながら
青山敏弘のユニフォームを見ながら
背番号6〝AOYAMA〟を
じっと見つめながら…
ここ数シーズン、出場機会に恵まれなくなった〝背番号6〟青山敏弘選手。
サンフレッチェ広島のタイトル4つ全てに貢献した偉大なるバンディエラ
背番号6と背番号8…
現役時代ダブルボランチとしてコンビを組んできた森﨑和幸さんの胸の内には、本人でしか知り得ない様々な思いがあったのだろう…
引退会見で青山敏弘選手は森﨑和幸さんを
〝越えなきゃいけない大きな壁〟と表現した
森﨑和幸さんは青山敏弘選手を
〝ベストパートナー〟と表現した
青山敏弘のユニフォームを見た途端
森﨑和幸さんの表情が変わった
それは、2人にしかわからない
心の絆が垣間見えたような
そんな一瞬だった
僕はカズさんの笑顔にほっと胸を撫で下ろしながら、カズさんの青山敏弘選手に対する思いを、
スカイパティオの床を見ながらじっと考えていた。
その時、カズさんのとても強い口調の
声が聞こえた
「ただし!」
(!!!!!!!!)
さっきまであんなに笑顔だったのに
何か自分はカズさんに失礼があっただろうか
冷や汗が出た
かなり焦った
(何だ!何があったんだ…)
薄暗い会場の闇の中を
大型ビジョンの光を頼りに
カズさんの表情を見ようと
僕は恐る恐る
再び振り返った…
するとカズさんは、ゆっくり僕に語りかけた…
「浩司の番号だったら、許さんかったっすけどね」
(????????)
(は?)
振り返った先のカズさんは
めっちゃ悪そーな顔をしていた
イタズラするような子供のような顔で
焦っていた僕の表情を見てカズさんは笑った
僕は胸を撫で下ろしながら
ほっとしながら笑った
「さあ、試合再開です!
盛り上がっていきましょう!!!」
マイクがオンになり、十六さんの声が響いた
会場がまた熱気を取り戻した
カズさんはマイクのスイッチを入れ
解説者の顔に戻った
大型ビジョンに照らされて
試合再開を見つめるカズさんの横顔をみながら
背番号8と背番号7の兄弟の絆も
僕はじっくり考えていた