note2-1 神社や言霊のことをつれづれに 今回は稲について🌾
これまでは、日本の精神性をお伝えしようと、古事記のお話しをしてきましたが、これからは折りにふれ、言霊を含めて、神社に関する行事や季節の移ろいなどをつれづれに書いていこうと思います。
また言霊や神社のことをお話しすることで、古事記ともつながっていることもお伝えできると思います。
古代の日本人は、どうやら高い精神性を持ち、未来の私たちにまるでなぞなぞのように、さまざまなところに、日本の精神性、もっと言うならば、人間の生き方の道筋の痕跡を残してくれているようです。
私は皆さんと共に、このなぞ解きをするような感覚で進んでいきたいと思います。
では今回は稲(お米)について書いてみます。
今、私が御奉仕する神社のご神前にはたくさんの新米がお供えしてあります。
この辺りの氏子(うじこ)さんが、神様に捧げてくださいということで、稲刈りして精米した新米を奉納してくださるからです。
直接神社に届けてくださる方、郵送してくださる方もいます。
持ってきてくださる方のお顔を見ると、どこか晴れやでいらっしゃいます。
ちなみに、氏子とは氏神様が守ってくださる範囲に生まれた人たちのことです。
神棚やご先祖さまをまつる仏壇などがあるご家庭でも、新米などをいただく時には、まずはその見えない存在にお供えしてから、自分たちがいただくという習慣を持っている方もいると思います。
さて、神社でのお祭は、個人的なご祈祷以外は、1年の中で特に大切なお祭はお米に関することです。
春、田植えの前には春祭が行われますが、これは祈年祭(きねんさい)と呼びます。
昔は年は稲のことを意味していたので、
今年も秋にはたくさん稲がとれますように、と祈るお祭が祈年祭です。
そして秋には新嘗祭(にいなめさい)が執り行われます。
稲を中心として秋の実りを神様に感謝するお祭が新嘗祭です。
なぜ、稲が日本にとって特に大切な食べ物であるのか。
簡単に言えば、神さまからいたただいた食べ物だからです。
古事記と日本書紀には
高天原を治めていた天照大御神が、孫の邇邇芸命(ににぎのみこと)に三種の神器と稲穂を渡し、邇邇芸命が葦原中国(あしはらのなかつくに 日本のこと)の宮崎県高千穂の峰に天下ったつづられています。
これを天孫降臨(てんそんこうりん)と言います。
このようなことから、稲は神様からいただいた食べ物であり、日本においては特に大切な食べ物になるのだと思います。
日本書紀には、
天孫降臨の際に天照大御神が邇邇芸命に
「斎庭稲穂の神勅(ゆにわいなほのしんしょく)」を下したとの記述があります。
吾(わ)が高天原に所御す(きこしめす)斎庭(ゆにわ)の穂(いなほ)を以て、亦(また)吾が児(みこ)に御(まか)せまつるべし。
これが斎庭稲穂の神勅です。
これを訳すると、
高天原にいらっしゃる神さまに捧げる神聖な稲穂をわが子に与えなさい。
となります。
ここで言うわが子とは、国民のことと解釈できます。
日本においては、国民を大御宝(おおみたから)と呼びます。
つまり、国民を宝と捉えてきました。
このようなことから、日本人にとっては、稲は特別な食べ物なのです。
神社でのお祭の中心は、稲に関することです。
神さまに捧げる物も、お米・お餅・お酒など、稲から作られた物を神さまの近くに配置してお供えします。
天孫降臨の際に天照大御神が邇邇芸命に授けた稲穂が、今私たちが日々いただいている稲です。
ですから、歴代の天皇陛下は稲を大切にし、毎年丁寧に自らお田植え祭と言って田植えをなさり、稲刈りをなさり、そして11月23日には新嘗祭をなさります。
ちなみに、皇室の皆様方は、11月23 日の新嘗祭の後にその年の新米を初めて召し上がると聞いています。
私たちもまた各神社で秋には新嘗祭を執り行い、稲をお供えして神様に感謝しています。
このようなことが、神話から今に受け継がれている国は、私が知るところでは日本だけです。
私たちにはこのことを知り、誇りに思うことだと思います。
仮にこのことを知らなくても、稲作をされている皆さんは、稲の収穫を特別なことだと認識をされているようです。
氏神様に新米を奉納する際、晴れやかな表情をなさっているのは、どこかで稲は神様からいただいた大切な食べ物との感覚があるからだと思っています。
稲をひらがなで表すと「いね」となり「いのちのね」とも解釈できます。
また言霊の学びでは、「いね」は五音であり、「い」は五を表し、「ね」は音として捉えていて、五音は五十音、つまり言霊そのものを指しています。
そこで、田んぼは五十音図を表しています。
田んぼの田は、この字形そのものが、図に見えますね。
いろいろなことがつながり、本当に謎が解けるような感覚です。
今回はここまでにします。
いつもありがとうございます🌈
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