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白川家という存在

古代律令制で定められている神祇官のトップである神祇伯白川家は神祇伯を担っていました。

この家はそれだけあって名門です。

ルーツは65代天皇の花山天皇に遡ります。

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そこからが白川家のすごいところで、平安時代の終わり頃から、明治時代初頭まで、32代目の資訓王にわたって、神祇伯として君臨し続けた一族です。

しかし地位こそあれど途中で途切れています。
30代の雅寿王は子どもに全てを教えなかったのです。

誰に継承したかというと、弟子の3人に継承しました。
その3人というのが、青柳種信さま、辛島並樹さま、鬼倉足日公さまです。

これらに伝えられたのは、宇宙に感応する特殊な神法も含まれていました。

鬼倉足日公はそれらの知識を基に皇教という宗教をはじめました。

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白川家の技に卓越していたこともあり、頭山満や平田盛胤らとも交流を持っていたのは至極当然のことなのでしょう。

それだけの長きにわたって神祇伯を続けてきた歴史の重さというものが、全てを物語っているというものですから。

長く続いていた歴史があるだけあって、色々な物事が受け継がれています。
わたしも古くからの見えない世界に関する知恵を皆さまと共有していけたらと思っております。
このようなことを深く学んでいきたいと思われましたら、ぜひ一緒に頑張っていきましょう。


これからも良い記事を書いていきます。