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欲望と密教

釈迦は欲の制御が大切なのだという教えでした。

しかし、釈迦は弟子が他の人たちに頼まれて念呪を施すことは禁じています。
欲望の制御ですから、あくまでも理性を重んじているからです。

しかし、密教の場合は逆です。
欲望の追求を肯定している教えがあります。

虚空菩薩の求問持法のように菩薩に近づく修行さえすれば現世の福徳を得られますからね。
そのために古代インドで商人階級に受け入れられたわけです。

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どのように願望を叶えるかということを第一として、哲学的要素を日常レベルまで落とし込んだことが古代インド密教の凄さです。

理趣経においても、慾箭淸淨の句、是れ菩薩の位なりとあります。
我欲は悩みの種ではあるものの、生命の意志なのだから尊いと説いているわけです。

もちろん欲がそのまま役立つわけではありません。
だからこそ、密教でも瞑想の重要性が説かれているわけです。

わたしのクラスでは瞑想を大事にしています。
仏教のように理性による欲のコントロールもありますが、密教においても欲を活かすために瞑想を大切にしていると同じです。
見えない世界について学んでいくなら重要な要素が瞑想と言えるでしょう。
皆さまで瞑想も含め見えない力というものを学んでいきませんか。


これからも良い記事を書いていきます。