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悲劇の天才〜松原皎月

時は昭和初頭。
あまりの卓抜した霊能力でその名を轟かした天才がいました。

それが松原皎月さまです。明治41年生まれでしたが、あまりの才能の凄さから、特殊な能力の会を主宰したのですが、その年齢は弱冠15歳でした。

当時は霊術家というのは3万人近くいましたから、見えない力について関心のある人が多かったのです。

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もちろん見えない世界について書かれた雑誌も多いです。当時は他のメディアがラジオくらいしかありませんでしたからね。

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有名な雑誌は精神界というものでしたが、そこでの企画に、全国新興精神療法家番付というのがありました。そこで、なんと横綱に選ばれます。
得票数は1万3535票でした。SNSとか無い時代にどれほどの人気だったかよく分かります。

その後も数十冊の本を著したり、セミナー参加者は数メートル先まで霊気を飛ばせるようになるなどの指導力に優れていたようです。

鎮魂法や帰神法も教え方に定評があったようです。

しかしそんな天才もわずか28歳でその生涯を閉じます。その短い人生の中で大きな功績があったと言えるでしょう。

15歳の人もそれほどの活躍がありましたし、昔は見えないものを大事にしている人も沢山いました。
現代になってはそういうものがしいたげられ忘れ去られようとしています。かつての学びを取り戻したいと思う方は一緒に勉強しましょう。


これからも良い記事を書いていきます。