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Incantation

一昔前のインターネットには、様々な噂話が掲載されていました。
そういった噂話は、現代では「ネットロア」と呼ばれ、ひとくくりにされています。
ですが、その内容は決して一つの単語で纏められるようなものではなく。

都市伝説、まじない、真偽不明の情報など、多岐にわたるものがあったと言います。
かくいう私も、そういったものを追っていたわけで。
僅かではありますが、そういった「ネットロア」には詳しいんです。

さて、話は変わりまして。
私が大学生だった頃に流行った、あるまじないがあります。
そのまじないも発端はインターネットだったので、
ある種の「ネットロア」になるわけです。

恋人から貰ったマフラーで首を吊って、助かったらいつまでも結ばれるらしい。
ただ、死んじゃえば縁が切れて、ずっと会うことができなくなるとか。

某掲示板サイトより引用

そのまじないが書かれた掲示板サイトでは、
「恋人いないこと知ってるだろ」や「死ねと申すか」といった、
否定的な意見が散見されていました。
ですが、転載先のサイトでは、「ロマンチック」など、
肯定的なコメントが添付されることが度々あったようです。

そういったこともあり、
当時のインターネットでは「ロマンチックだけど危険なまじない」として、
様々な人に知られていたようです。

私の後輩も、その一人でした。
後輩──仮にAさんとします──には恋人がいて、
その恋人との共通趣味が、「ネットロア」を調べたり、
「ネットロア」に関する話をすることだったそうです。

だからこそ、Aさんも知っていたわけで。
私と話をするときに、「恋人と結ばれるためのまじないがある」と
目を輝かせながら話しかけてきたこともありました。

でも、流石にAさんも、その恋人も、
そのまじないは危険だからやらない方がいい、と考えていたようです。

それから数ヶ月が経った頃でしょうか。
「恋人と結ばれるためのまじない」についての言及も少なくなってきた頃です。
ちょうど、Aさんと恋人が倦怠期に入ってしまったらしく、
よく喧嘩をしたり、すれ違いが起きるようになっていたようです。

私はというと、Aさんから恋人に関する愚痴を聞かされるようになって、
でも、恋心なんて分からないから、適当に「うん」と相槌を打っていました。

そんな日が、何日、いや何週間続いた頃でしょうか。
いつもはAさんと一緒にいるはずの恋人が、
姿を見せなくなったのです。

Aさんも、なんだか少しおかしくなっていて。
普段なら元気に振る舞っているのに、
しきりに周りを気にしているような、なんとなく怯えているような。
そんな様子を見せていたんです。

最初は、また喧嘩でもしたのか、みたいに思ってたんです。
でも、次第に変だと感じるようになったんです。
根拠とか、そういったものはないんですけど、感覚的に「変」って思ったんです。

だから、聞いてみたんですよ。
「最近様子おかしいけど、大丈夫?」って。

そしたら、Aさんが突然泣き出して。
放っとくわけにもいかないので、近くのベンチに座らせたんです。
泣き止むまで待ってから、事情を聴くことにしました。

Aさんは、荒い息を整えながら、こう言いました。
「あのまじないをやったんです」
あのまじない──つまるところの「恋人と結ばれるためのまじない」を実行したわけです。

Aさんの話によると、恋人と喧嘩していくうちに、
本当に愛している、愛されているのかが分からなくなったそうです。
そこで、愛を確かめるために、恋人が例のまじないを実行したと。
その時、ちょうどAさんが現場に居合わせたらしく、
恋人が自分の手作りのマフラーで首をつって死ぬ様子を、Aさんは目の当たりにしてしまったんです。

どうやら、Aさんは恋人から「話がある」と言われて呼び出されていたそうです。
それなのに、恋人に会いに行ったら「見てて」とだけ言われて、
そのまま見ていたら、首つり自殺──言い換えるなら「まじない」の実行をしたらしく。
Aさんは、何が何だか分からないまま、それを眺めていたようでした。

ショッキングな出来事だったため、
身体が動かず、脳が理解を拒んだようです。
だからこそ、助けられるはずだった恋人を助けられなかった、と
涙ながらに話していました。

身体が動いていれば助かったのに、と後悔混じりに話すAさんの姿を、
私は忘れることができません。

一通り話し終えて、解散することになったわけですが、
その時に話していた、Aさんの言葉がずっと頭の中に残っているんです。

「恋人の死が、頭から離れない。
これじゃ、まじないじゃなくて呪いじゃないか」

そして程なくして、Aさんとも連絡がつかなくなりました。
噂では「気を病んで自殺した」とか、「精神病院に入院した」とか、
色々言われているようでした。

その噂が正しいものなのか、私には分かりません。
今となってはAさんとのかかわりも希薄になってしまったので、
確かめることもできないわけです。

ただ、やはり。
Aさんは、きっと死んだとしても、恋人の残した「呪い」から逃れられないのかな、と。

ふと、思うんです。

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門

CC BY-SA 3.0
照守皐月/teruteru_5
2024 「Incantation」

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