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#11 若手育成のつまずき②

前回の連載で紹介した事例の概要は次の通りです。図を参考にしながら読んでください。

新採3年目で校内授業研究の担当を任されることになったF教諭は先輩教諭のリクエストに十分に応えることができず、精神的に追い詰められていきます。ある定時退勤日に先輩のJ教諭は、授業研究の準備のため、F教諭を喫茶店に連れ出そうとするのを教頭が見つけ、校長が相互に認め合う自分の経営方針と違うといさめます。
研究授業は事なきを得ますが、F教諭の精神状態については継続して見守っていくことになります。子どものため、授業のためなら時間をいとわずに努力するのが日本の学校教員の良いところでもあり、悪いところでもあります。とりわけ特別支援学校にはいわゆる「職人肌」の教員が少なからずいますので、指導に熱が入りすぎて、時にはそれが若手教員を追い詰めてしまうこともあるはずです。
けれども前回述べたように、近年の若手教員はまじめで前向きな一方、追いつめられやすい側面もありますので、伝統的な教員育成の手法だけでは、今後とも増大する若手育成のニーズに対応しきれない可能性があります。
こうした、増大し、変質しつつある教員育成のニーズに学校が組織として対応していくのに参考になるのが、次に示すメンタリングの考え方です。

メンタリングの考え方


メンタリングとは、職場において「メンター」と呼ばれる経験豊かな年長者が、組織内の若年者や未熟練者(メンティ)と定期的・継続的に交流し、対話や助言によって本人の自発的な成長を支援する人材育成の手法をいいます。メンタリングの語源は、ホメロスの叙述詩『オデュッセイア』の登場人物である「メントール」という男性の名前で、この人は、オデュッセウス王のかつての僚友であり、王の息子テレマコスの教育を託されて、王の息子にとって良き支援者としての役割を果たした人物のことだそうです。学校内において担当教員が新人・若手を育てていくスタイルは、まさにメンタリングと言えるでしょう。

メンタリングの発想の基本は指示・命令で人を育てるのではなく、メンティの自律的な成長を促していくことですが、その際三つの行動基準があるといいます(福島正伸 『メンタリング・マネジメント』 ダイヤモンド社 2005)。

第一の行動基準は<見本>です。教員であれば、実際に授業や学級経営を行う場面をみせて「なるほど」と感じなければ、筋の通った理屈をいくら並べてみてもメンティの心には響かないでしょう。まさに「百聞は一見にしかず」です。

ただし、いくら教員としての力量が高くとも、自分の真似をさせるだけでは自律的な成長を促すことにはなりません。そこで必要となるのが第二の基準である<信頼>です。メンターとメンティは教員としての経験やスタイルは違っていても、教員としての可能性に優劣はつけられないはずです。だから見本を見せて考え方を伝えた上で、メンティが自分のやり方を貫くならば「それはそれ」として尊重する姿勢を根底に持っているかが重要になるのでなないかと私は思います。

さらに、見本を見せて信頼をよせても、それだけですぐに力量がアップするわけではありませんし、学校では問題は容赦なく生じるので、若手・新人教員は壁に突き当たることが多々あります。そこで必要となるのが、第三の基準である<支援>の観点です。自分をバックアップしてくれる人がいると思うだけで心強く感じられるものですし、結果的として客観的に冷静に自分の成長を考えることができるようになるはずです。

山本五十六の有名な道歌に「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」というものがありますが、この歌には続きがあるそうです。続きは「話し合い 耳を傾け 承認し 任せてやらねば 人は育たず」そして、「やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず」だそうですが、メンタリングに求められる姿勢はここに集約されていると思います。
このようにメンタリングは後進指導の基本的な姿勢に示唆を与えるものですが、具体的にいつ・何を・どの方法で指導するかについては、正解があるわけではありません。メンタリングには人を活かすカンとセンスが求められます。

また、メンタリングは基本的にマンツーマンの人間関係ですすめられるので、どうしても相性の問題がついてまわります。相性が良ければ問題はないのですが、うまく歯車がかみ合わないときには傷が深くなる前に関係を再整理することが有効であることも多いでしょう。こうした育成のかたちを提案し、学校内で実現していくこともまたリーダーの重要な役割であると言えるでしょう。

今月のポイント

  •  現在の新採・若手教員はまじめで自律的に行動する一方、追い詰められやすい傾向があり、中堅教員が過去に受けてきた指導を提供するだけでは不十分。

  •  新採・若手教員の指導には「見本」・「信頼」・「支援」を基本とするメンタリングの発想がヒントとなる。


<次回に続く>

*このマガジンは2019年度に教育公論社の雑誌『週間教育資料』で取り上げられた連載記事を一部修正し、出版社の許可を得て掲載するものです。(著作権は教育公論社にあります)

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