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マンガ・アニメの「聖地巡礼」-小豆島、下灘駅、予讃線-

香川県小豆島は、従来の魅力に加えて、『からかい上手の高木さん』で盛り上がっている。愛媛県にある予讃線の下灘駅は風光明媚な景観で知られており、さらにアニメの聖地巡礼の魅力も加わっている。マンガ・アニメの「聖地巡礼」は、既存観光地への新たな客層の呼び込みや観光地とは見なされていなかった地域への集客に繋がっている。


『からかい上手の高木さん』の舞台として、さらに盛り上がる小豆島

(1)『からかい上手の高木さん』のメディア展開

山本崇一郎氏によるマンガ『からかい上手の高木さん』は、『ゲッサンmini』『ゲッサン』(両誌とも小学館)で2013~2023年に連載され、コミックス最終20巻は今年(2024年)1月に発売された。スピンオフ作品も生まれている。
また、『からかい上手の高木さん』は2018年にテレビアニメ化され、その後も2期、3期とアニメが放送された。2022年6月にはアニメ映画も公開された。マンガの原作では特に舞台となる地方や地域は明記されていなかったが、アニメ化に際して、作者の山本崇一郎氏の出身地である香川県小豆島土庄町付近が舞台に設定された。なお、メインの高木さんは高橋李依さん、西片君は梶裕貴さんが声優を務めている。
さらに、『からかい上手の高木さん』は今年(2024年)4月よりTBS系列で実写版のテレビドラマが放送された。『からかい上手の高木さん』のメインキャラクターは中学生であり、実写版テレビドラマもその設定で作成されたが、その10年後という設定の実写版映画が作成され、今年(2024年)5月末に公開された。実写版はテレビドラマも映画も共に小豆島で撮影が行われている。なお、実写版テレビドラマは月島琉衣さん、黒川想矢さん、実写版映画は永野芽郁さん、高橋文哉さんがメインの二人を演じている。

(2)『からかい上手の高木さん』で盛り上がる小豆島

小豆島は小豆島オリーブ公園、寒霞渓、エンジェルロードなど風光明媚で、オリーブ、ごま油、日本三大そうめんの一つである小豆島そうめん、醤油などの名産品も多い。映画やドラマにもなった壺井栄の小説『二十四の瞳』の舞台でもあり、「二十四の瞳映画村」というテーマパークもある。瀬戸内海に浮かぶ小豆島は、夏は海水浴にも向いている。
上述のように元々観光地として魅力的な小豆島であるが、前節で紹介した『からかい上手の高木さん』により、新たな魅力が加わり盛り上がりを見せている。「マンガ・アニメの『聖地巡礼』-劇場版『名探偵コナン』の事例を中心に-」(2024年6月21日)で書いたようなマンガ・アニメの「聖地巡礼」(アニメツーリズム)で訪れる人が増えている。
筆者も7月下旬に小豆島を訪れ、『からかい上手の高木さん』由来の聖地を巡礼してきた。具体的には、とのしょうBASE(土庄港高速艇きっぷ売り場2階)、富丘八幡神社、土庄中学校、鹿島明神社、重岩、ブックスことぶき、土渕海峡、土庄港観光センター、土庄港フェリーきっぷ売り場の特別展示などを訪れた。
写真1にあるように、富丘八幡神社、鹿島明神社では『からかい上手の高木さん』の幟や看板が目に入る(本稿写真では不鮮明)。富丘八幡神社は主人公たちが通っている設定の土庄中学校の校庭のすぐ近くから急勾配の参道がある。境内から参道方向の海を臨むとエンジェルロードが見える(本稿写真では微か)。エンジェルロードは、アニメ『からかい上手の高木さん』のオープニングに登場する。
富丘八幡神社では筆者と同じタイミングで訪れていた小中学生らしい姉妹と母親が、社務所で『からかい上手の高木さん』の御朱印を求めていた。当方も入手したが、著作権の関係で掲載して良いものか迷ったので、本稿には写真は載せていない。境内には『からかい上手の高木さん』の絵馬もあった。鹿島明神社でも会話内容から『からかい上手の高木さん』の聖地巡礼と思われる家族とすれ違った。
 
写真1:神社(左:富丘八幡神社、中:富丘八幡神社参道、右:鹿島明神社)

出所:筆者撮影

写真2の重岩は小瀬石鎚神社の御神体とされている。途中の茶屋では空海の絵が飾られており、弘法大使・空海とも関係があるようだ。そもそも四国は八十八か所霊場などがあり、讃岐(現香川県)は空海生誕の地でもある。
土渕海峡は「世界で一番狭い海峡」としてギネス認定され、土庄町役場で横断証明書を発行しているそうである。太陽の贈り物は「オリーブの島」小豆島土庄港のシンボル的作品との事である。いずれも、アニメ、ドラマ、映画などで登場している。
 
写真2:土庄町観光名所(左:重岩、中:土渕海峡、右:太陽の贈り物)

出所:筆者の子供撮影

とのしょうBASE、土庄港フェリーきっぷ売り場の特別展示は、『からかい上手の高木さん』関連のポスターなどが展示されていた。土庄港観光センターでは、『からかい上手の高木さん』とコラボしたオリーブオイルやゴマ油などのコラボ商品が販売されている。
筆者は高松市内に宿泊し、小豆島には行きは高速艇、帰りはフェリーを利用した。帰りのフェリーは『からかい上手の高木さん』のラッピングフェリーで、登場人物が内壁やドア、船体などに描かれており、撮影している人も多くいた。
筆者は残念ながら時期を外したことになるが、今年(2024年)8月4日開催の第42回小豆島まつりでは、『からかい上手の高木さん』とのコラボ企画が行われた。アニメ主題歌を担当する大原ゆい子さんスペシャルライブ、アニメ『劇場版 からかい上手の高木さん』野外上映会、などが実施された。また、8月3日~9月1日までスタンプラリーが実施されている。
筆者の調べた限りでは、小豆島まつりと『からかい上手の高木さん』とのコラボ企画は一昨年(2022年)から始まったようである。一昨年はアニメの高木さんの声を担当した高橋李依さん、主題歌担当の大原ゆい子さん、アニメを担当した赤城博昭監督が登場したそうだ。
レンタカー屋さんや重岩の茶屋の店員さんからは、実写映画版の永野芽郁さん、高橋文哉さんが撮影で訪れていた話なども聞いた。レンタカー屋さんや茶屋の店員さん自身が『からかい上手の高木さん』自体に関心があるようには見えなかったが、街の活性化に貢献していることを実感しているようであった。
 
図:小豆島入込客数

出所:香川県ウエブサイト観光統計「令和5年 香川県観光客動態調査報告 (確定版)」(令和6年7月)より筆者作成

小豆島の観光客数を見ると、バブル景気の1980年代後半が最も多く、1990年代半ば以降は減少基調が続き、2000年代後半以降は105~110万人のレンジで推移していた。2019年には115万人と前年より増加したが、翌年はコロナ禍で大きく落ち込んだ。しかし、コロナ禍が明けた2022年、その翌年の2023年は前年より増加している。『からかい上手の高木さん』のアニメが2018年以降、実写テレビドラマ、実写映画は今年(2024年)であることを考えると、その聖地巡礼効果が本格化するのは、正に今年であろう。来年の今頃に公表されるであろう統計には、数値的にも効果が明らかになるのではないだろうか。

下灘駅はアニメの「聖地巡礼」の魅力も追加

(1)「日本で一番海に近い駅」として知られていた下灘駅

愛媛県伊予市にあるJR予讃線の下灘駅は、「かつては『日本で一番海に近い駅』としてカメラマンの間で知られていた」そうである(伊予市ウエブサイト「JR下灘駅」より)。カメラマンの関心を引くような風景は、当然ながら一般の人々の興味をひき、下灘駅は観光の名所として知られるようになっていったようである。
JR四国が金土日祝日を中心に運行する観光列車「伊予灘ものがたり」は「愛ある伊予灘線」との愛称がある予讃線の海回り区間を中心に走り、下灘駅では10分程の停車時間が設けられている。下灘駅を目的の一つとしている乗客が多いことを示していよう。
 
写真3:下灘駅(左:海の見えるホーム、右:駅舎)

出所:筆者撮影

(2)アニメの聖地としての魅力追加

元々風光明媚な駅として知られていた下灘駅ではあるが、さらにマンガ・アニメの聖地としての魅力も加わってきている。
2022年公開のアニメ映画『夏へのトンネル、さよならの出口』(原作:八目迷、監督:田口智久)で主人公たちが出会った駅のモデルと言われている。筆者はこの映画で下灘駅の存在を知った。さらに同年のアニメ映画『すずめの戸締まり』(監督:新海誠)でも、チラッとだけ次々と映した映画内のスマホ投稿写真の一つが下灘駅である。なお、愛媛に着いてから主人公の岩戸鈴芽が乗車した鉄道は予讃線である。
さらに若木民喜氏のマンガ『結婚するって、本当ですか』(2020~2023年に『スピリッツ』(小学館)連載)で、鉄道好きの女の子と旅行会社勤務のヒロインがふとしたことで一緒に旅して、しばらく休むのが下灘駅である。その旅の過程では高松駅の「さぬきうどん駅」の駅名標、スマイル高松駅の外観、松山駅、松山駅で同じホームに違う列車が停まる縦列停車、なども描かれており、それらは全て筆者も撮影してきた(写真4)。
その前段階の話として、旅行会社勤務のヒロインが鉄道好きの女の子におすすめ列車として紹介したのが、高松駅-松山駅間を結ぶ特急いしづちであり、予讃線の良さも強調していた。鉄道に詳しい友達によると、特急いしづちは曲線区間をスピードを落とさずに走行するための制御振り子式を採用していたそうで、『結婚するって、本当ですか』でもそういう解説が出てきている。しかしながら、現在は空気バネ式車体傾斜装置に置き換わってきているそうである。なお、筆者は鉄道の車両については詳しくないので、誤りがあれば素人は仕方ないなぁと薄笑いして見逃して頂けると助かります。
なお、『結婚するって、本当ですか』は2022年にAmazon Prime Videoで実写ドラマ化され、2024年10月にはアニメ化される予定である。
ついでながら、本稿ではメインの題材とはしてないが、松山市街地では伊予鉄グループの市内電車、いわゆる路面電車が運行されている。「LRT、路面電車を起爆剤にした街活性化」(2023年8月7日)で取り上げた宇都宮市、富山市同様、路面電車を活かした街づくりを進めている都市でもあり、今後の展開が期待される。
 
写真4:予讃線関連施設など(上左:さぬきうどん駅の駅名標、上中:スマイル高松駅、上右:松山駅、下左:特急いしづち、下中:松山駅の縦列停車、下右:伊予鉄の路面電車)

出所:筆者撮影

以上述べてきたように、本稿で触れてない部分を含め、四国は魅力に溢れている。「リニア、新幹線は変革の基盤」(2023年10月27日)でも述べたように、四国新幹線(新大阪-徳島-高松-松山-大分)、四国横断新幹線(岡山-高知)を実現すれば、より多くの人が四国の魅力にアクセス容易となり、四国の活性化に大いに資するであろう。
なお、筆者が読んだり観たりしたことがあるマンガ・アニメのみを取り上げているので、下灘駅などは他にも有名な作品で取り上げられていると思われるが、本稿では触れていない。

持続的な魅力発信に向けて


埼玉新聞ウエブサイトの7月30日の記事( https://www.saitama-np.co.jp/articles/92887 )によると、「マンガ・アニメの『聖地巡礼』-劇場版『名探偵コナン』の事例を中心に-」(2024年6月21日)の「(1)「聖地巡礼」の盛り上がり」で取り上げた『らき☆すた』の聖地・鷲宮神社(埼玉県久喜市鷲宮)では、今年(2024年)7月、絵柄を全面リニューアルした「らき☆すた神輿」が登場したそうである。連載開始から20年経っている『らき☆すた』であるが、引き続きファンと地元が盛り上げている好事例と言えよう。
今回取り上げた『からかい上手の高木さん』で盛り上がる小豆島は、元々魅力がある地域であり、マンガ・アニメの上乗せ効果が魅力の持続性を高めていくと期待している。
SNSなどを見ていると、この夏は様々なマンガ・アニメの様々な聖地を訪れて、情報をUPしている人がかなり多いように見受けられる。コロナ禍が過ぎ去り、訪問する側も受け入れる側も本格的に動けるようになったという事でもあろう。ここ最近のアニメでは、舞台となっている地域が分かりやすくなっている事例も多い。マンガ・アニメの「聖地巡礼」が活発化するには、マンガ・アニメ自体が売れていることが大前提である。しかし、そうしたヒットを地元の持続的な魅力発信に繋げていく地域が増えれば、日本は間違いなく楽しい国になる。
なお、オーバーツーリズム(Over Tourism)の問題は引き続き適切な対応策を考えていくべきであろう。オーバーツーリズムは、観光地に客が集中し過ぎて渋滞が起きたり、観光客のマナー違反が相次いだりなど、観光が地域の生活や環境などにマイナスの影響を及ぼすことである。マンガ・アニメの「聖地巡礼」でも起こり得る問題である。
名探偵コナン関係の稿と繰り返しにはなるが、「日本の『遊び心』再考-ソフト・パワーの積極活用-」(2023年4月12日)、「観光は成長産業かつソフト・パワー」(2023年7月28日)で書いたように、マンガ、アニメ、観光はソフト・パワーであり、それらが結びついた「聖地巡礼」「アニメツーリズム」は当然にソフト・パワーの発露である。この日本が強みを持つソフト・パワーを活用することが、その後の発展に結びつく契機となり得る。 


20240806 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
効率性と冗長性のバランス -都市間公共交通を中心に-」(2024年7月25日)

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