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日銀の金融正常化前倒しは本当か?!

米国の利上げ打ち止め観測により、日本銀行(以下、日銀)の大規模金融緩和政策が継続するとの見方が主流であったが、ここに来て、金融正常化の行程が前倒しになるとの見方が急速に台頭してきた。次の日銀の一手を探った。


1.市場が日銀金融正常化前倒しを感じ取った背景

足元、日本の第3四半期GDP成長率がマイナス転換するなど、景気鈍化を示す指標が増えてきたことで、市場では、大規模金融緩和政策が当面継続するとの見立てが主流であったが、12/7の植田日銀総裁の「年末から来年にかけて、一段とチャレンジングになる」との発言を受けて、市場は、12/18,19の日銀政策決定会合においての政策変更の可能性を感じ取った。

2.植田総裁を心変わりさせたかもしれない外部環境の変化

今まで、植田総裁は、「金融緩和解除のリスクと金融緩和継続の弊害を比較考量すると、前者のリスクの方が遥かに大きい」と発言しており、来年の春闘で相応の賃上げが確認できるまで、粘り強く金融緩和を継続すると発言してきた。しかし、米国の利上げ局面から利下げ局面への移行が事前の想定より早まった場合には、円安一服により日本のインフレ率も予想以上に早く低下することで、マイナス金利解除のタイミングを失うことを恐れた可能性がある。
更に、最近の岸田政権の支持率低下により、解散総選挙の見通しが立たなくなったことに加え、大規模金融緩和政策の熱烈支持母体である安倍派が、パーティー券問題で身動きがとれなくなったタイミングを捉えて、一気に政策修正に動けると判断した可能性もある。

3.植田総裁発言の真意と市場の誤解

しかし、植田総裁の「年末から来年にかけて、一段とチャレンジングになる」との発言は、2024年1月の米国議会審議が難航し、政府機関閉鎖に向かう蓋然性が高まっており、予算成立が遅れることで、米国債の格下げリスクが高まり、金融市場が混乱することで、日本を含めたマクロ経済に悪影響を与えることを懸念したことを主に念頭に置いた発言と考えるのが自然だと思う。それを一気に金融政策修正への意気込みと解釈するのはやや行き過ぎと考えられる。

4.今後の為替市場へのインパクト

ドル高円安局面が一服した局面での日銀の金融正常化前倒し観測に、金融市場は完全に虚を突かれた形になっており、12/7の為替市場では一時、図表1の通り、141円台まで急速に円高が進んだ。しかし、最近の植田総裁の一連の発言を総合すると、今月の日銀会合でいきなり、YCCを撤廃したり、マイナス金利政策を解除するというのは無理があり、今まで全く議論すらされてこなかった大規模金融緩和政策の出口の議論が活発化するということではなかろうか。また、もし仮に、マイナス金利政策が解除され、ゼロ金利に戻したとしても、利上げ幅は、わずか0.1%に留まり、為替市場へのインパクトは大きくないものと予想される。

(図表1 ドル円相場推移チャート 右軸;単位 円 Trading Viewからの引用)

5.日本の国際収支統計から垣間見える為替需給

本日発表になった10月国際収支統計を見ると、日本の貿易収支は、4,728億円の赤字となった。中国経済の減速による対中輸出の低迷が主因と考えられるが、これだけ円安が進行し、エネルギー価格が下落していても、赤字体質から脱却できない実情が見て取れる。また、日本の対外直接投資金額が今年に入り10ヵ月累計で17兆円と、同期間の経常黒字累計金額と肩を並べる水準になったことが確認できる。かつての恒常的なドル余剰により、ドル円相場が常に円高圧力を受けていた時代とは様変わりの為替需給に転換してきていることを勘案すると、今月、日銀が金融正常化への道筋の第一歩を踏み出したとしても、ドル円相場が140円を超えて、大きく下落する状況は想定しがたいものと考える。

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20231208執筆 チーフストラテジスト 林 哲久


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