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二つの自給率向上が生き残りの鍵(3) -農業の企業組織化・大規模化-

不安定性が増す国際情勢の下、国民の暮らしを守るために食料、エネルギーの自給率向上は優先課題である。本気で農業に力を入れるならば、我が国の食料自給率向上は具現化できる。農業者の高齢化による引退が増加し、耕作者がいなくなった耕地が増加する今こそ、転換の時である。農業の企業組織化・大規模化がキーワードだ。

食料の自給率向上に向けた農業生産力強化


前々回(「二つの自給率向上が生き残りの鍵(1)-食料とエネルギー-」2023年2月10日)、前回(「二つの自給率向上が生き残りの鍵(2)-輸入頼りの三大栄養素-」2023年2月17日)に書いたように、日々の暮らしに欠かせない食料において我が国の自給率はかなり低い。不測の事態に備えて、自給率向上が望まれる。食料については、農業生産力の強化が必要だ。

農業生産者の高齢化と耕作放棄地の増加


我が国の農業が直面する課題は数あるが、緊急性が高いのは、基幹的農業従事者の減少と高齢化の進展への対応である。基幹的農業従事者とは、農林水産省「農業構造動態調査」によると「農業就業人口のうち、ふだん仕事として主に自営農業に従事している者をいう」とのことである。農業に従事する人間が減れば、余程の生産性向上がなければ収穫量は減少するであろう。

図1:基幹的農業従事者と高齢者比率の推移


出所:農林水産省「農林業センサス」「農業構造動態調査」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

また、基幹的農業従事者の高齢化は、一人当たりの耕作面積の縮小をもたらす傾向がある。高齢化した従来の基幹的農業従事者が耕作していた耕地を、元気な若手農業従事者などに貸し出す事例も増えているが、そのまま耕作放棄地となってしまったり、アパート・工場・ショッピングセンターなどに用途が転用(農地転用)されてしまうこともある。

図2:耕地面積の推移


出所:農林水産省「作物統計調査」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

企業の農地所有が認められてこなかったなどの農業参入に対する様々な規制が、我が国の農業生産力向上を阻害してきた側面がある。農地保全のためなどの理由もあったが、農業を着実に実施する企業には農地所有を認め新規参入を促進するのが望ましく、政策的にもそうした方向に動き出している。かつては農家に生まれるか、農家の人と結婚するかしないと農地を持つのが困難な状況にあったが、何度かの農地法改正(直近の大きな改正は2015年)を経て、農地所有条件は緩和されてきている。基幹的農業従事者の引退などに伴って耕作者がいなくなった耕地を活用して、耕地面積の大規模化を実現し、企業組織の農業参入が活性化することが望まれる。

企業組織化・大規模化による農業生産力の強化


戦後すぐに生まれた世代までは、農家の生まれでなくても身近に農業が存在していた人も多かったと思われる。しかし、高度成長期に人口の都市部への集中、就業者のサラリーマン化が進捗し、今の現役世代やこれから社会人になる世代は身近に農業に接する機会があまりなかった人が多くなっていると思われる。そうした人がいきなり独立自営農業者として新規参入するには相当の覚悟が必要であろう。
既存の基幹的農業従事者の後継者育成を図ることや意欲ある人の新規就農者支援は大事であり、今後とも取組みを進めるのが望ましい。しかしながら、農業とはあまり縁のない暮らしをしてきたが農業に関心がある人々が、それほどの覚悟と決意がなくても農業に従事しやすくなるようにすることが、我が国の農業生産力の強化には必要だ。そのための方法は色々考え得るかもしれないが、ここでは農業の企業組織化を提案したい。
他の産業の企業のように、農業を主事業とする企業が新卒採用や中途採用により、従業員を確保する。集合研修、実地研修、OJTなどの研修を実施し、農業生産の素人だった人々を一人前の農業生産者に育成していく。他の産業の一般的な企業と同様に資材調達部門、販売部門、バックオフィス部門などを設置して、企業全体としての収益拡大を目指す。また、このように企業組織とすることで、週休二日制、月給の支給、年次有給休暇制度の適用なども可能となるであろう。ただし、朝5時から就業、休日以外は農地に密着、嵐などの荒天が予想される場合は休日の日程変更など、農業の特性を反映した就業規則は必要と思われる。
こうした企業組織が上記のような形で事業を実施するためには、耕地の大規模化が求められる。農業機械の効率的活用、最新技術の導入による生産性向上は大規模に実施した方がより効果が大きいであろう。また、一定程度の組織規模がなければ間接部門が効果的に機能しないし、一定程度の組織規模にするためには収穫量が多いことが基礎となる。
農業経営体の平均経営面積は、豪州3,124.5ha(2015年)、米国179.0ha(2016年)は別格として、 EU全体では16.1ha、ドイツ58.6ha、フランス58.7ha、イギリス92.3ha(いずれも2013年)であるのに対し、日本は2.87ha(2017年)である(農林水産省「米をめぐる関係資料」(平成29年7月):食糧・農業・農村政策審議会食糧部会(平成29年7月31日開催)配布資料より)。国土条件が大きく異なるとはいえ、現状の我が国の1経営体当たりの耕地面積は狭すぎる。なお、1経営体当たりの耕地面積が狭すぎる理由(及び対応策など)についてもう少し知りたい方は、拙著『変わる!農業金融』(日刊工業新聞社、2018年)をご参照いただきたい。

図3:経営体数(家族・組織別、耕地面積別)の推移


出所:農林水産省「農林業センサス」「農業構造動態調査」より筆者作成(図の注を文末に記載)。

なお、農協(農業協同組合、JA)が資材調達、販売、バックオフィス機能などを自営農業者に提供してきており、日本農業の発展への貢献は大きいと思われる。しかしながら、農協はあくまで協同組合であり自営農業者が軸であるため、素人を一人前に育成していく機能はあまり期待できない。ただし、2015年のJA法改正により、地域農協や経済事業の全国組織である全農は株式会社に組織変更することができる規定が盛り込まれており、今後、そうした動きが出てくるかもしれない。
また、耕地の大規模化によるメリット発揮は企業組織化の必要条件に近い話ではあるが、個人や数人規模の小規模組織による農業経営でも生産力強化を目指すのであれば大規模化のメリットを発揮できる。

食料自給率100%は夢物語ではない


有機農業を実践している農業者からかつて聞いた話であるが、2haで10軒(5人1家族を前提)の台所を賄うことが可能とのことであった。単純計算で1人4a分。農林水産省「作物統計調査」によると、2022年の耕地面積は約432.5万haなので、単純計算で1億812万人強を養える計算となる。2023年1月1日現在の日本の総人口は1億2477万人(概算値、総務省「人口推計」)なので、現存する全ての耕地を効率良くフル稼働させれば自給率を87%にできる計算になる。
さらに、ゴルフ場や学校の校庭などを農地に転換するなどすれば、100%自給率を達成するための耕地面積を確保することは可能であろう。このような農地転換は、政治的あるいは物理的に食料輸入が困難になる非常事態の話であるが、可能性として検討はしておくのが望ましいであろう。なお、前述の数値はあくまで単純計算したものであり、耕地の状況や生産者の経験値などを考慮すれば1人4a分は理想的な数値で、1人分の食料生産のための耕地面積は4a以上必要ということになろう。
耕地で作る作物の選択も重要となる。気候や立地の問題の他、肉類の生産量をある程度下げることも考慮に値する。飼料のうち人間が直接食べることが可能な食材を肉類生産に回しているのが現状で、非常事態ではその分を人間に回した方が良い。かつては人間には食べられない草を牛や羊が食べて、人間が食べられるモノに変換していた。豚や家禽も残飯や飼葉など人間が食べないものを食べていた。
野菜工場、ドローンや無人トラクター、各種センサー、それらと連動するAI技術の積極的活用など農業分野に関連する技術進歩を促進して、農業生産力の強化を図ることも期待される。

農業の自給率向上の話は本稿で一旦終わりとする。次回はエネルギーの日本の現状を解説し、自給率向上の可能性について書く予定である。


図1の注
注1:「基幹的農業従事者」とは、農業就業人口のうち、ふだん仕事として主に自営農業に従事している者をいう。
注2:1989年以前は総農家の数値、1990年以降は販売農家の数値である。「総農家」は「販売農家」と「自給的農家」に分けられる。直近では、経営耕地面積が30a以上又は農産物販売金額が50万円以上の農家を「販売農家」としている。
注3:現代の人口分野では65歳以上を高齢者として区分することが多いが、古いデータでは60歳以上の括りでしか高齢者が把握できないものがあるため、本図では60歳以上の比率から掲載している。また、年齢区分が変更になって入手データから計算できない年次は欠損値としている。
注4:5年ごとに実施される「農林業センサス」は全数調査、センサスの間の期間に実施される「農業構造動態調査」は標本調査である。

図2の注
注1:田畑転換の数値は計上していない。
注2:1971年以前の拡張・かい廃面積は、耕地面積とは別に調査していたので、耕地面積の年次差とは必ずしも一致しない。
注3:拡張(増加要因)は、耕地以外の地目から田又は畑に転換され、既に作物を栽培するか、又は次の作付期において作物を栽培することが可能となった状態をいう。荒廃農地、山林又は原野等からの開墾や自然災害からの復旧等によって生じる。
注4:かい廃(減少要因)は、田又は畑が他の地目に転換し、作物の栽培が困難となった状態をいう。自然災害又は人為かい廃によって生じる。
注5:荒廃農地は、耕作の用に供されていたが、耕作放棄により耕作し得ない状態(荒地)となった土地をいう。
注6:拡張・かい廃面積は、各年次とも、前年の調査日から当年の調査日の前日までの間に生じたものである。

図3の注
注1:農業経営体は、農産物の生産を行うか又は委託を受けて農作業を行う者(生産又は作業に係る面積・頭数等の規定あり。詳しくは農林水産省「農業構造動態調査」の用語解説など)。家族経営体は、1世帯(雇用者の有無は問わない)で事業を行う者(農家が法人化した形態である一戸一法人を含む)。組織経営体は、世帯で事業を行わない者(家族経営体でない経営体)。
注2:2020年調査以降、法人経営を一体的に捉えるとの考えのもと、法人化している家族経営体と組織経営体を統合し、非法人の組織経営体と併せて「団体経営体」とし、非法人の家族経営体を「個人経営体」とする区分変更があった。本図では、2020年以降の「個人経営体」を「家族経営体」、「団体経営体」を「組織経営体」として図示しているが、定義が異なることに留意。
注3:北海道と都府県とでは規模感が大きく異なるため、本図では北海道は50ha、都府県は10haを区切りとして図示している。「北海道50ha未満」「都府県10ha未満」は経営耕地面積なしを含む。

20230222 執筆 主席アナリスト 中里幸聖

前回レポート:
二つの自給率向上が生き残りの鍵(2)-輸入頼りの三大栄養素-」(2023年2月17日)


「二つの自給率向上が生き残りの鍵」シリーズ:
二つの自給率向上が生き残りの鍵(1)-食料とエネルギー-
二つの自給率向上が生き残りの鍵(2)-輸入頼りの三大栄養素-
二つの自給率向上が生き残りの鍵(3)-農業の企業組織化・大規模化-
二つの自給率向上が生き残りの鍵(4)-分散型エネルギーの推進-


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