1と2と男と女

僕、仕事が好きなんですよー
仕事が1番というか
だから家はできるだけ平穏であってほしいんです
そのためなら嫁がイラっとしたら秒で土下座しますねー

最近お世話になった整体の先生は笑いながら言った。仕事が1番と言いながら、家族を大切にされているのが伝わってくる。

この話を聞いたとき、数字のひとつひとつに意味を当てはめて占う数秘術で「1」の意味である男性性はこういうことかと肚に落ちた。ひとつのことに集中するために、他のすべてを脇に置くことができる。まっすぐなエネルギー。
よく「突き抜けた人」は「その人の代名詞となる仕事」以外何もできない人が多いと聞く。なるほど男性性って不器用でひとつのことしかできないのか。

対して「2」は女性性と言われる。受け取る、受け入れるという意味に加えて、分ける数字とも言われている。1つであったものが2つに分かれることで差異が生まれる。その差異で区別することによって相手を理解することができ、自分と異なるものを受け入れるのだ。そして不足感を感じるのも2の特徴である。繰り返すが、1つであったものが2つに分かれることでなにかが足りないと感じるのだ。「2」は常に自分に足りないものを探しているのかもしれない。
女性が多くの作業を同時並行で行うマルチタスクができるのは、様々な事象を受け入れることに特化しているからなのかもしれない。見返りを求めると言われる女性性の性質は「2」の不足感を補う性質と見ることができる気がする。

このことを考えたとき、仕事と家事や子育てを両立できず、旦那氏に家事や育児の負担を押し付けていた頃を思い出す。結局うまく行かなくて会社を辞めたら、旦那氏の収入が上がった。仕事だけに専念することができたのだろう。
一方で私は会社を辞めた後、家でふらふらとマクラメや占いをしていたのだが、マルチタスクではあったものの家事や子育てに集中している感覚は全くなかったし、旦那氏を支えている自覚も皆無だった。

今回の「1」への理解が深まったことで、1人で生きていくならともかく、社会や家庭というコミュニティの中で「1」の性質は誰かが支えないとなにもできないのではと感じる。バリバリ働きながら家事も子育ても全てをやるのは無理がある。仕事で結果を残したければ、整体の先生のように仕事以外の全てにエネルギーを奪われないように環境を整えていくしかないのだ。

数秘術で誕生日を西暦から全て足した数で占ったとき、私の数字は「1」旦那氏は「2」となる。仕事の結果を望んだのは数秘的に私のほうだったが、運命は皮肉にも私に家にいることを強要し、旦那氏に仕事を押し付けた。
家で家族を支えることに長い間拒絶反応があったが、最近は以前ほど嫌ではなくなってきた。自分の未来やこれからの可能性よりも、旦那氏や子どもたちの未来の可能性のほうが楽しみになってきたのだ。彼らの可能性を潰さないために、今の自分にできることをやってみる。これは「1」である私の新しい挑戦のような気がする。

最後に、わが家の場合は旦那氏が仕事で私が家という分担ができているが、経験上共働きの家庭だとどちらかに負担がかかりがちだ。特に女性は母になるといろんなことに目が行き届くようになるので、自然と男性よりもやることが増える。だからこそ互いの状況と仕事上の目標、家族にとっての幸せはなにかを常に話し合いう必要があると思う。パートナーの仕事や立場を尊重し、家事や子どもを負担に感じなくても済むように、相手の縁の下を支えるつもりで過ごせるのが理想だ、と夢のようなことを呟いてみる。


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