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ドライブ

晴れた日の高速道路、車の流れるままに走らせて気がつけばかなりスピードが出ていた。グレーの覆面パトカーに捕まっているワゴンを横目にアクセルから足を離す。緑の山間に見える海を思わせる青空と白い雲。梅雨の晴れ間は貴重だ。ジャンクションに差し掛かり、ハンドルを回す。目的地へ向かう道路は大きく迫り上がっていた。

高いところが怖い。高すぎる高速やバイパスでは衝動的に壁に向かってハンドルを切ってしまいそうで気分が悪くなる。普通にしていれば落ちることはないはずなのに、そんなとき自分が1番信用できないと強く思う。
若い頃は自分の中に信じられるものがなかった。気持ちや感情は雲のようなもので、その場の雰囲気や気分でコロコロと変わるのが当たり前だった。食欲だって性欲だってただの衝動でしかなかった。だからこそ変わらないものが欲しかったけど、変わらないものなんて自分の中にはどこにもなかった。
そんなわたしにも確かなものができた。変わらないように見えたもの、それが旦那氏のわたしに対する気持ちだった。彼は自分の中でわたしを固定しているようだった。どこをどう固定しているのかわからないが、出会ってから25年間旦那氏のわたしに対する気持ちが揺らぐことはなかったように思えた。

だが、ここのところそんな彼の感覚に変化が起こっている。本人は気がついていない。本来メンタルもかなり安定型な彼が先月はじめて落ち込むところを見た。彼の安定感は自分の中で感情の揺らぎに気がつかない鈍感さだと思うのだが、最近は揺らぎに気がつくようになってきた。彼も変わろうとしてる。感情が揺らぐことで、彼の中で固定されていたわたしという存在も揺らいできた。今までは固定されているが故に、彼の中のわたしは現実と離れているような気がしていたが、揺らぎの中で見えていなかったものが見えるようになってくるのかもしれない。

空っぽだと思っていたわたしの内面も彼と同じように揺らいでいるのだろう。静かに揺れる感情は寄せては返す波のようで、わたしはひとりぽつんと浮かぶ小舟に乗っているのだ。
ジャンクションの上り坂でアクセルを踏みながら、波が高くなるとこの小舟も転覆するかもしれないなと考える。高さに目が眩む。気分が悪い。その先は転覆したときに考えようと思い直して、汗ばんだ手でハンドルを握り直す。
ジャンクションを通り過ぎ、景色はまた緑の山間に戻ってきた。覆面パトカーに捕まらない程度にスピードに乗り、流れるようにアクセルを踏んだ。

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