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遠くの星の通信機

今日は「思い悩まずに選ぶこと」というテーマで、ショートストーリーを書きました。小説を書くなんて人生初かもしれない。

舞台は未来。地球から遠く離れたとある星に暮らす「僕」の話です。

★ミ

昔から、この小さな星から世界と交信するのが好きだった。楽しくてこれだけをしていたいと、いつしかこれが自分の生活のすべてになった。

どうやら僕は、元々はこの星の生まれじゃないらしいのだが、この星のことは好きだし、自分の仕事には誇りを持っていた。いろいろ経て、外の世界との交信を通じて得た知識を活かして、ここ数年は高性能な衛星を開発している。

しかしその衛星はもういらないそうだ。

ありとあらゆる情報を収集することに使用されるその衛星は、この星の住人を惑わす存在として、近ごろ政府から目の敵にされ始めたらしい。僕はこの星は愛しているが、政府のことはよくわからない。

廃棄せよと言われて、自分のことまで要らないと言われた気がした。通達以来、僕は茫然と過ごす日々を送っている。新規の開発もないし、エラーが出ても対応するなと言われているから、やることもない。僕も衛星も少しずつ使えなくなっていく。

ピピー ポー ポポポ

静かな室内に通信音が響いた。その音に続いて、ジリリリリジリリリリという物質がぶつかり合うアナログな連続音が鳴り響く。

ガチャリ。マイクとスピーカーが一体になった、黒々とした有線端末を持ち上げる。

「あ、もしもし、君かい」

昔、僕の職場の近くに不時着した宇宙船から助けた、太陽系の惑星の民からだ。「もしもし」というのは彼らの応答文句らしい。

「えぇ。僕です。故郷には無事に帰れたんですか?月に寄り道するって言ってましたけど」

「名乗ってないのに、誰かわかるのかい?君はすごいね!ちなみに寄り道じゃなくて探索ね」

「白々しいな、この端末経由で連絡をとるのはあなただけですよ。そもそもこの端末を置いていったのもあなたでしょう。この、えーと、テレ…」

「テレフォンね。ちなみにそれ何世紀も前の小さな島国の“黒電話”という貴重な品だからね。大事にしてくれよな」

「またまた、そんな貴重なものを改造しておいてなにが大事に、ですか」

「まぁまぁ、太陽の影響で通信が乱れがちなんだから、早速本題に入らせてくれ」

ザザザ…と少し途切れたが、友人が直後にへっくしょーーいとクシャミをしたのははっきり聴こえた。

「そう、話ってのはズバリ、君は移住するは気ない?」

思わぬ誘いに、合間に飲もうと弄んでいた、主治医から支給されているタブレット錠を指で弾き落としてしまった。

一日中夜の世界で暮らす僕にとって、その薄ピンクの錠剤はなくてはならないサプリメントだ。けれどここ最近、掃除用ロボットの充電ポートの故障を放置している。そんな中で落としたものを食べる気にはなれる訳がない。

錠剤が簡易ベッドの下に入るのを見届けて、ひと呼吸した。

「移住ですか?もしかして地球に?」

「もちろん地球だよ!今そっちから移住できる星なんて、うちか、ウィルスが蔓延して男性が生殖機能を失ってしまった例の小さな星しかないよ。まぁ、資源が豊富なのは後者だけどね〜」

しかし移住なんて軽々しく言うが、容易いことではないのをこの能天気な地球人は知ってるのだろうか。

「わかった、わかりました行き先は。でも仮にもし僕が移住するにしても許可が下りるかは分かりませんよ」

「それは大丈夫!君には重大なミッションがある!」

もう、サッパリだ。この男はいつから僕の上司になったというのだろう。

「どういうことですか?」

そろそろ手が疲れてきた。この電話という端末、有線のため移動距離に限界があるし、わざわざ手で持つのが非常に面倒である。

「いや、それがそのテレフォンを地球に持ってきてほしいんだよねー。やっぱり必要で」

意味がわからなさすぎて、思わず電話に機密処理用の溶液をぶっかけそうになった。なんでも溶かせるのでとても重宝している。

「は??オレの家に勝手にとりつけたのはあなたでしょう?あなたがやりなさいよ…」

「そりゃ、仕事にかこつけてそっちに旅行に行きたいのはやまやまなんだよ。でも君の上司がそっちの政府に僕のこと告げ口したみたいでさ〜。入国できないんだよね〜あ〜困った困った」

ぜんぜん困ってない。むしろ嬉しそうな彼は、地球人の平均である2.5メートルくらいの背丈で、同じ祖先を持つこの星ではわりと馴染んでいた方だった。ちなみに僕の上司は1.8メートル。この星では小さい方だ。

「まったく…体格差がある相手には恐怖を抱かせないようにしろとあれだけ言ったのに…」

「まぁ、そうなんだけどさ、実際君もこの星から出たそうだったし。他の星の政府から仕事を頼まれたとなれば、ややこしくてこの星には二度と帰れないし。じゃあ興味あれば13時間以内に連絡して。またね」

そうだ、不時着する迂闊さを持ち合わせつつも、このマイペースな友人は地球の文化保存の要職なのだ。そんな人間が自国の大事な品を改造して異国に放置するなんて、皆目理解できないが。

しかし、なんだ。

旅行ならまだしも、移住とは?しかも地球の政府の仕事だから、この星には二度と戻れない?この古びた電話を返すだけでこの星を捨てろと言うのか。

なんてくだらない理由なんだ、と僕はしばらく憤慨していた。そんなの自分でやればいい、要人なんだから遣いを寄越すとかすればいい。

怒りながら掃除ロボットの充電ポートの不具合を直して小一時間過ごすうちに、怒りは呆れに変わっていた。

「勝手に持ち出してしかも改造した骨董品を返すついでに移住しないかだって?」

あまりにバカバカしくて思わず内心を声に出していた。

なんてバカバカしい。

でもこの星にいる意味がわからなくなった今、離れるのもありなのかもしれない。それこそ離れるきっかけなんて、くだらない、些細な方がいい。

それに常々思っていたのだ、思い悩んだ末に選んだものは、鎖になると。ならいっそくだらない理由がいい。それに、心血注いだ衛星が誰の役にも立たなくなるのを待つよりずっといい。廃棄の日には、きっと僕も気力を失っているから。

ようやく息を吹き返した掃除ロボットがひと仕事終えたのを見届けて、簡易ベッドから腰を上げる。

通信機で友人の宇宙船への接続情報を呼び出す。ガチャリ。黒光りする端末の受話器を持ち上げる。

ピピー ポー ポポポ

「あ、もしもし、君かい」

「えぇ。決めました」

手短かに説明を受けて通話を終えた。これから彼のことが大嫌いな僕の上司に連絡するそうだ。通信越しなら身長差は気になるまい。声なら上司の方が迫力あるし。

ピンクの錠剤を飲んだ液体の残りを飲み干して、窓辺に向かう。

夜が明けないこの星の紺色の空では、僕の作った衛星はこの時間がいちばんよく見える。

(おわり)

★ミ

「僕」のお話を読んでいただきありがとうございます。

最近考えていることを織り交ぜながら、ふたりの会話を楽しみながら2時間で書きました。初めてで拙いなと恥ずかしくなりますが、しばらくはこの話のことを好きでいられる気がします。

にしても横書きのストーリーってなんだか不思議な感覚がしますね。感想もらえたらとても喜びます。

わたしをサポートしたつもりになって、自分を甘やかしてください。