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Life with Salsa and... Vol.2

サルサを始めてほぼ1年経った2005年。新たにNYスタイルサルサ(On2)を別のインストラクターから習うことにしました。きっかけは、その年のGWにニューヨークへ旅行に行くことにしていて、それならNYスタイルを覚えようと思ったからです。
もちろんスタイルが違うので新たに覚え直す事が沢山ありましたが、ハマるのにさほど時間はかからず、結果的にはNYスタイルが自分のメインになりました。この年は、私にとって拡大期で、仕事と食事以外はサルサに時間を注ぎ込む程充実していました。

1.サルサ漬けの日常

当時のサルサスケジュールはこんな感じでした。
↪️
月・木 LAスタイルレッスン
水・金 NYスタイルレッスン
➡️異なる2種類のレッスンを並行して受けていました。
そうすると混乱しないか、と思うかも知れませんが、ある程度の経験を積んだ上でなら、さほど心配はしなくて良いと思います。なお、金曜日はレッスンを受けた後、そのままDJタイムに入り踊る事が多かったです。
土日は日中レッスンを受ける場合もありましたが、クラブ(DJタイム)を楽しむのがメインでした。その頃から、土曜日の夜は都度異なるクラブへ出かけるようになり、当時、栄地区にあったサルサクラブは全部行っています。ちなみに火曜日だけはサルサお休みでした。
週6サルサの生活は当然身体を酷使しますが、よくやれたなと思います。当時20代だったし。今、そんなの無理ですから。(^^;;

2.イベントも充実

2005年は愛・地球博があった年でもあります。その影響もあってか、異文化交流の一つとしてサルサもそれなりに盛り上がっていたと思います。万博会場でも、サルサのステージショーは幾つか開催されていました。
また、海外から世界的に有名なサルサインストラクターが来日して、スペシャルイベントが開かれる機会も多くありました。

3.エディ・トーレスの来日

2005年8月に「マンボキング」と呼ばれる世界的サルサインストラクターのエディ・トーレス氏(Eddie Torres)が来日しました。全国各地でスペシャルワークショップが開催されて、名古屋にもやって来ました。
通常、ニューヨークでプロのサルサダンサーを指導統括する大御所から直接レッスンを受けられるとあって、栄NHK横の会場は、入りきれない程混み行ってました。そして、エディのレッスンは長時間みっちり行われました。19時から21時頃までレッスンが行われて、その後はDJタイムとショータイムを楽しみましたが、なんと23時過ぎから、再びエディのレッスン(ただし、パーティーの妨げにならないように配慮されていた)が行われました。これも参加しましたが、終電が近づく23時40分過ぎに途中退席しました。そのぐらい充実していたという事です。😊💪
内容が素晴らしく濃厚なので、もちろん一晩で吸収する事はできません。ただ、このレッスンは先生たちも受講していたので、数日後、通常のレッスン場に持ち帰って一つでも身体に落とし込んで行く事をして行きました。

4.コングレスにも参加

この年は、7月にコリア・コングレス、10月にジャパン・コングレスにも参加しました。一言で言うとサルサパフォーマーの世界大会みたいなもので、世界各地で開催されています。と言っても、私はショーを観てDJタイム(こちらも世界的に有名なDJがいます)に踊って楽しむだけですが。
このコングレスでは、日中、世界的に有名な超一流インストラクターによるワークショップが受けられます。私も含めてレッスンをハシゴする人も大勢いました。

5.収穫いっぱいでした。

今振り返ると、ここまで目一杯楽しめたのは2年目だったからかもしれません。1年目は基本の動作を覚えるので精一杯だったのと比べ、2年目は様々なパターン(踊る時の味付けみたいなもの)を応用する様になり、それをクラブで使う楽しさを見出したりもしました。後は色々なクラブやイベント、コングレス等にも出かける様になった事で交友関係も広がりましたね。また、この年から時々東京のクラブへ遊びに行く様にもなりました。オールナイトで踊った事もあります。
最も、反動で出費が嵩んだり、体調を崩したりもしましたので、ここまでサルサ漬けにしたのは2005年だけです。それでも、場数を踏んだだけ、収穫はいっぱいあったのです。

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