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非生産的な休日を過ごしていたら、カフェに入るたびにポケット六法と鉢合わせたあの日

先日、カフェで隣に座った人が、ポケット六法を持っていた。



ポケット六法なんか持ち歩いている人は、志の高い人か、よっぽど法律に関わる問題に悩まされているかのどちらかだろう。


その彼は、長袖の白い襟付きシャツを着ていたので、おそらく前者だろう。襟付きの白シャツを着ている人間がポケット六法を持っていた場合、概ね法律家を志している。


法律に関わる諸問題に悩まされている人間は、大体半袖短パンにビーサンだ。

ここまで書いて我に帰った。半袖短パンにビーサンは、私の夏のデフォルトだ。
今のところ、法律に関わる諸問題には悩まされていないが、私が今後、六法全書を小脇に抱えていたら、もうすぐ裁判にかけられて捕まると思ってもらっていい。

出廷する際には、襟付きの白シャツで望もうと思う。


話を元に戻す。

六法全書を持った白シャツの彼は、やはり法律家を志す人間だったようだ。何やらノートに書きつけて勉強している。感心感心。


ちなみに、アメリカのカリフォルニアには
「ホテルの部屋でオレンジの皮を剥いてはいけない」
「オレンジをバスタブで食べてはいけない」
「プールで自転車をこいではいけない」
という法律があるらしい。

なぜ。

というか、「プールで自転車をこぐ」ってどういう状況?


そんな法律家を志す彼の横で、くだらない文章を書きながら過ごす。

同じ人間なのに、環境や生き方でこうも意識の差が生まれるものか。
ある人は、社会の弱者を助けるために、法律家を志し、ある人は、誰の役にも立たない雑文を書き散らす。

同じ時間の過ごし方でも、生産性や社会への貢献度にこうも差が出てしまうとは。


そうこうしているうちに、文章を書くことに疲れてしまった。
注文したアイスコーヒーのグラスもほとんど空だ。グラスの周りには、隣の彼に意識の差をまざまざと見せつけられ、思わずかいた冷や汗のような水滴が覆っている。


とりあえず、カフェをあとにする。その後の行動はどうでもいいので、ここでは割愛しようと思う。休みの日の行動なんて、法律家でも目指す人間でもない限り、非生産的に決まっている。

ちなみに、彼は僕がカフェをあとにするときも、ポケット六法かたわらに勉強していた。

黙々と勉強する彼の周りの空気だけが、柔道オリンピック決勝の畳の上くらい張りつめており、やはり法律家を志す人間は集中力も凡人とは違うのだと思い知らされた。


ここまで読んでいただいて、鋭い方ならすでにお気づきだと思うが

「法律家を志す」

というフレーズが非常に気に入ったため、多用している。以上報告でした。


さて、そんな非生産的な時間を過ごし、再び別のカフェに入る。カフェはそれなりに混んでいて、雑然とした雰囲気だ。陽気なラテン音楽が心地よいボリュームでなり響き、コーヒーカップがソーサーにぶつかってかちゃかちゃいう音と、誰かの会話する声が小さく聞こえてくる。

誰かと会話を楽しむ人(生産的)。

コーヒー片手に読書にいそしむ人。(本がニーチェのものだったので生産的)。

参考書片手に勉強する学生(生産的)。

ただ、何をするでもなくボーッとする人(これはこれで生産的)。

皆、それぞれ思い思いの時間を過ごしている。


窓際の空いている席を見つけ、カバンを置いて場所をキープし、コーヒーを注文しにいく。


法律家を志す彼は、今頃女の子と飲みにでも出かけているかもしれない。生産的な時間を過ごしたあとのデートはさぞかし痛快で、心晴れやかだろう。

そんな妄想を膨らませ、何に嫉妬しているかわからないイカれた精神状態で注文を済ませ、席に戻る。


すると、隣の席の女性の机上に、ポケット六法が置かれていた。

こんなことがあるものなのか。隣に座った人が、その都度ポケット六法を片手に勉強しているなんて。


もしかして、ポケット六法を机に出して勉強することが若者の間でえらく流行っているとか、そういうことなんでしょうか?


かつてあいみょんがココアシガレットを指に挟んだ写真をインスタにあげたら、ココアシガレットが大バズりしたみたいに。

誰かがポケット六法を持って、勉強している写真をインスタにあげたんでしょうか?菅田あたりが、そんな写真をあげたのか?もしくは、柴犬まるか?


ちなみに、彼女はボーダーシャツにキルトスカートだった。キルトスカートを履いている女性が法律に関するトラブルに巻き込まれているとは思えない。彼女も弱者を助ける法律家を志す、立派な方なのだろう。


一方の私は、再びパソコンを開いて駄文を書き始める。

だからなんだ、オチはどうした。と聞かれても困る。

カフェで隣に座った人が、連続でポケット六法片手に勉強していた場合、誰でもこうやって文章を書き始めてしまうものなのだ。オチなんかなくたって。


ちなみに、僕がこの日学んだことは、この国には「カフェでポケット六法を使って勉強してはならない」という法律がないことだけだ。

非生産的な1日であることは間違いない。


しかし、この国には

「非生産的な休日を過ごしてはならない」という法律もない。そう考えると、まだまだこの国も捨てたもんじゃない。

白シャツの彼は、今日もポケット六法片手に勉強を続けているのだろうか。

そういえば、さっきキルトスカートの女性とすれ違った気がする。

今日も非生産的な1日だ。空気が少し秋っぽくなってきた。



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