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最後の秘境でTシャツを失くしたら、メロスを逆再生したみたいな話になった

最後の秘境でTシャツを失くした。

フィリピンにはエルニドという場所がある。
そこにあるのは、思わずため息がでるようなラグーンと、コバルトブルーの海の青だ。



上空から見たエルニド
ラグーンをカヌーで冒険する


フィリピン最後の秘境と呼ばれるこの場所で、Tシャツをなくし、罰金を払わされかけた。


その日は、アイランドホッピングツアーに参加した。
アイランドホッピングとは、簡単にいうと島巡りだ。周囲の無人島に行ったり、シュノーケリングができるポイントに連れていってくれたりする。(先ほどの写真のラグーンにもアイランドホッピングでいける)


アイランドホッピングの基本装備は、ビーサンに、下は水着。上はTシャツだ。あとは防水バッグがあれば、完璧である。当然、僕たちもその格好で船に乗り込む。

そんなこんなで、港を出発していくつかの島やポイントを巡る。

浜辺にカフェがある無人島に降ろされ、カフェに入るのはもったいない気がするから波打ち際で強引にシュノーケリングして過ごしたり、最初のシュノーケルポイントで、はしゃぎすぎて船から思いっきり飛び込んだら、まぁまぁ浅い場所で、お尻に下から突き出た岩が刺さりかけたりしながら過ごすなどしていた。(あと1センチだった。)

お昼は浜辺でBBQ。
現地スタッフが先ほど仕留めた魚を炭火で焼いて振る舞ってくれるなど、楽くて豪華なBBQだ。

ちなみに、僕はいつもの人見知りをおおいに発揮してしまい、なかなか他のツアー参加者と仲良くなれず、端の方でちまちまとウィンナーなどをつつきながらぼーっとしていたら、魚はもうほぼ骨しか残っておらず、綺麗な景色をみながら骨をしがむことになった。


おそらく他の参加者は、あいつシュノーケリングのときはあんなにはしゃいで海に飛び込んでいったのに、人の輪には全く飛び込んでこないんだなとうまいこと不思議に思っていただろう。(実際は誰も気にしてない。)

それでも、十分楽しかった。青い海、青い空、BBQ。これ以上、何を求めることがあるだろう。


いつの間にかBBQも終わり、参加者たちは気だるいながらも気持ちの良い昼食後のひと時を思い思いに過ごしていた。
僕は妻と一緒に波が打ちつける岩場でくつろいでいた。日焼けをするために、Tシャツを脱いで。

そして、ボートに戻る時間になった。ボートに戻るために荷物をまとめていると、僕のTシャツが消えていた。僕たちが寛いでいた場所には、他の誰も来ていない。まして僕たちもその場から離れていない。考えられることは1つだ。

Tシャツは、風か何かにあおられて、いつの間にか海に消えてしまったのである。


Tシャツ自体はそんなに高くない物だったけど、ここまで旅を一緒にしてきたTシャツが、海に沈んでしまったことがなんだかとっても悲しいことのように感じられた。

しかし、アイランドホッピングは続く。このままここで海に潜ってTシャツを探し続けるわけにもいかない。


Tシャツにお別れを告げて、僕は上半身裸でボートに乗り込んだ。

ただ、幸いにもここは南国だ。
まして今はアイランドホッピング中なのだ。上半身裸でも何もおかしくない。むしろその時点では、水着一枚でいることが船の上のデフォルトだった。

そんな訳で、僕はいつの間にかTシャツのことを忘れて、引き続きシュノーケルを楽しんだり、人見知りを発揮しつつも少しずつ他の参加者と仲良くなりながら、アイランドホッピングを楽しんでいた。


そして時刻は夕方。一通りのプログラムを終え、ボートは帰路につこうとしている。もう一度いう、時刻は夕方だ。

寒い。

いくら南国とはいえ、夕方は気温が下がる。水着一枚では明らかに寒い。



さて、話は変わるが現代は変化の激しい時代である。5年後10年後に何が起きるかなんて予想はつかない。人々の考え方やかつては当たり前だったことが、どんどん更新されていく。それが今の時代。そして、それはアイランドホッピングの船の上でも同じこと。

今や、そこに水着一枚の参加者は誰もいない。海に入るプログラムが全て終わったので、皆、何かしらを身に纏っている。上半身裸なのは、僕だけになった。寒い。そして恥ずかしい。

多様性の時代。いろんな人がいていいんだと言われても、やっぱり僕たちはどうしても人の目を気にしてしまう。どこかで一人になることを恐れ、周囲からはみ出すことに恐怖を覚えてしまう。その恐怖に打ち勝つ必要があるのはわかってる。でも、最初はみんな怖いんだ。
一人だけ上半身裸は恥ずかしい。いくら南国とはいえ、いつまではしゃいでいるのか。

いや、もうこの際恥ずかしさとかはどうでもいい。とにかく寒い。


震える僕を見かねて、妻がバスタオルを僕にかけてくれた。まるで太宰治の『走れメロス』の最後の場面じゃないか。
友のために、必死で走ったメロスは一矢纏わぬ姿となり、少女にマントを捧げられる。少女はメロスの裸をみんなに見られるのがいやでマントを渡したのだ。



幸いなことに、港が見えてきた。もうすぐ港だ。

あぁ陽が沈む。ずんずん沈む。(メロスの一節を引用?)


そして、船ではスタッフが皆んなに向けて英語でお別れを告げている。なんでもええから、早く宿に帰らせてくれ。それに俺には英語が聞き取れん。と、思っていると妻が半笑いで僕に告げた。

「スタッフ曰く、ツアー中はいいけど、エルニドの街中は水着だけで歩くことが基本的に禁止されているから、必ずTシャツを着て帰ってくれやって。下手すると罰金らしい」


待ってくれ、ゼウスよ。私は生まれた時から上半身裸の男であった。上半身裸のまま死なせてくれ。(メロスの一節より引用?)


このままいくと罰金ものである。しかし、僕にはTシャツがないのだ。どこかの少女がメロスの裸体を見られるのが嫌でモジモジとマントを捧げてくれることもない。
妻が半笑いで捧げてくれたバスタオルしかない。

仕方がないので、妻がかけてくれたバスタオルを纏い、エルニドの町を走って帰ることにした。


皮肉な話だ。メロスは走り抜けた結果、少女にマントを捧げられることになったが、僕はTシャツを失くし、バスタオルを妻に捧げられた結果、町を走ることとなった。

ちなみに、途中に水着一枚の欧米人がいた。彼こそ、かの邪智暴虐の王ディオニスの生まれ変わりであろう。



結局、途中で誰かに声をかけられることもなく無事宿につき、ことなきを得た。

走らされたことに・・・


妻が激怒していた。














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