見出し画像

マレーシアに行くのにはお金が必要です

マレーシア旅の初日。クアラルンプールからコタバルという街へ向かう飛行機のなかで、僕は迷いに迷っていた。
隣に座っている、日本人の女性に話しかけるかどうかを。

女性に話しかけるといっても、決してナンパ目的ではない。
僕はコタバルへ向かう飛行機の中で、この先旅を続けられなくなるかもしれない緊急事態にふと気づかされたのである。

「お金がない。」

その時、僕の財布には100マレーシアリンギット(日本円にして約3,100円)しか入っていなかった。

この後、コタバルの街で一泊し、バスとボートを乗り継いで、今回の旅の目的地である島へ行く予定だった。島では2泊3日の生活も待っている。
そんな旅の初日、僕の手元には100マレーシアリンギットの手持ちしかなかったわけだ。

絶望的。
かつて、好きな女の子とメールしていて「おやすみ」というメールがきた際、「もうおやすみやってー。早いわ〜。もっとメールしたかなったのにな〜」という友達への近況報告メールを、間違えて好きな女の子に返信してしまったときくらい絶望的だ。


ここで、なぜ財布に100リンギットしかないのか整理しておきたい。結論からいうと、僕は関空で日本円を引き出し忘れたのだ。

両替はするにはした。その時、財布にあった9,000円をマレーシアリンギットに変えたのだ。

その時、僕の頭の中には「空港の両替所はレートが悪い。現地に着いてから両替すればいい。」という旅のセオリーがあった。だから、とりあえず今の手持ちだけを両替しておいて、現地に着いてからさらに両替しようと思ったわけだ。

しかし、僕は阿呆なのでその後ATMで日本円を下ろすのを忘れていた。
もはやこれはアホの所業ではない。阿呆の所業だ。

そんなわけで、「現地に着いて何を両替すんねん状態」でクアラルンプールに向かう飛行機に乗り込んだのだ。


しかし、僕はクアラルンプール行きの飛行機の中で、そのことにすら気付いていなかった。LCCだったので、財布の中にあるリンギットを使って昼食を購入し、リンギットで買ったビールを嬉しそうに飲んでみたりした。

そんなこんなで、クアラルンプールに着いた頃には手元には100リンギット(日本円で約3,100円)しか残っていなかったのだ。

本気の阿呆だ。


そして、そのことにコタバル行きの飛行機で突然気づかされた。コタバルに着いたら両替所に行って〜と予定を立てようとした瞬間、財布に日本円がないことが絶望的な状況であることにようやく思いいたった。


ちなみにクレジットカードはJCBしか持っていない。海外に行くために財布を変えた。その財布にはJCBしかなかったのだ。JCBのJはJapanのJ!!マレーシアでは基本的に使えない!もちろん、そんな財布の中に、海外キャッシング用のカードなどあるはずもない。

詰んだ。あぁ、詰んだ。
小学生の頃、好きな子がしゃがんで地面にいる何かを見ていたので、ちょっかいをかけて後ろから押したら、見ていたのが実は毛虫で、その子が手をつきざまに毛虫に触れてしまい、それ以来口を聞いてくれなくなった時くらい詰んだ。

ただ、神は僕を完全には見放さなかった。コタバル行きの飛行機で、偶然にも隣に座ったのは日本人の女性だったのだ。
彼女は乗り込む直前まで別の男性と日本語で話をしていたし、チーモンチョウチュウの名前が入ったTシャツを着ている。明らかに日本人だ。

「チーモンチョウチュウ?!なぜそのチョイス!?」と思ったことは、一旦置いておく。

先ほどまで話していた男性とは席が離れてしまったようで、彼女は僕の隣に腰をおろした。


そして離陸後、僕は彼女に話しかけようかどうかをとてつもなく悩んでいた。
彼女に話しかけ、自分が日本人であることを伝え、日本に帰ったら送金するので、現金をいくらか貸してもらえないかお願いするのだ。
それしか方法はない。僕がこの先、この旅を無事に完結させるためには彼女に話しかけるしかない。

いや、しかし。僕はスーパー人見知りなのだ。いきなり、横に座っただけの女性に話しかけるなんて。日本人という共通点だけで、気安く話しかけるなんて・・・絶対に無理!!できない!

まして、突然、飛行機の中で隣の日本人男性に話しかけられただけでも怖いのに、そのうえ「お金を貸してくれ」と言われたら怖すぎないだろうか。

そして彼女は思うのだ。
「まして、なぜ私が日本人だとわかったの。こいつさっきから私たちの会話にずっと聞き耳立てていたの?きもい。きもすぎる。そのうえ、現金を貸してくれだと?マジでキモい。もはやキモいを通りこしてきしょい。
あ、でも待てよ、もしかしてこいつもチーモンチョウチュウのファン?このTシャツで気づいた?だとしたらお金くらい貸してあげなくもないけど。」

みたいに思われたりしないだろうか?

その後、よくよく話してみると、僕はチーモンチョウチュウのファンで全然ないことが判明し、一度「ファン同士かも」という気の許し方をしたことで、落差が大きくなりすぎて、キモさが度を超え、もはや彼女は僕の隣に座っていられなくなり、CAさんにそのことを訴えた結果、この飛行機に日本円を貸して欲しいと話しかけてくる変質者がいるみたいな話になって、飛行機はクアラルンプールに引き返し、僕は空港で身柄を取り押さえられ・・・みたいなことになっていかないだろうか。

天使と悪魔が爆音で僕に囁きかけてくる。爆音で囁くとはおかしな表現だが、もはやその時の僕の精神状態は異常な状態で、まさしく爆音で囁きかけられているという表現こそぴったりの迷いっぷりであったのだ。


このままいけば、旅を続けることができない。島に行けない。でも、声をかければ日本への強制送還も?

いっそ、ただ仲良くなるか?ナンパじゃないけど、日本人のよしみで今日の晩御飯くらいご一緒させてもらって、酒を飲んで気を許したところでお金を貸してくれないか頼み込もうか。そうすれば強制送還は避けられるか。

おい、忘れたのか?!俺は人見知りだぞ!!というか、日本人のよしみで話しかけ、晩御飯を共にする方が、余計にきしょくないか?そのうえ、酒を飲んで気を許したところでお金を貸してくれないか頼み込むって、もはや詐欺師やん。手口がガールズバーやん。

そんなことを考えている間に、飛行機はコタバルに到着した。結局、僕は隣の女の子に話しかけることすらできなかった。お金を貸してもらうとかいう以前に、「日本人の方ですか?」と話しかけることすらままならなかった。

ただ、彼女は怖かったのだろう。
何者かわからない男が隣に座り、財布を開けてはため息をつき、「話しかけるべきか?いやでもなー」と小声で独り言をいっている、その状況の方が狂気だったかもしれない。

いっそ話しかけた方が怖がられなかったかもしれない。

彼女はシートベルト着用サインが消えるやいなや、逃げるように飛行機を降りていった。
そして、僕はコタバルに現金100リンギット、日本円にして約3,100円で放り出されたのであった。


つづく。

サポートしていただいたお金は、旅の資金に回し、世界のどこかであなたのことを勝手に想像してニヤニヤしたりなどします。嫌なときは言ってください。