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小学館版も出た! 「『セクシー田中さん』調査報告書」に見る行き違い

「セクシー田中さん」事件に関する日テレの調査報告書に続き、小学館も調査報告書を公表しました。より詳細な経過が分かり、関係者間の行き違いが鮮明になります。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

2024年5月31日、日本テレビが「セクシー田中さん」事件に関する調査報告書を公表し、話題になりました。
私のnoteでも取り上げました。

3日後の6月3日、もう一方の当事者である小学館も調査報告書を公表。
日テレ版が97ページあるのに対して、こちらも90ページとなかなかのボリュームです。

この二つの調査報告書から、連続して行き違いが起こっていたことが分かりますが、特に重要な一点について具体的に見ていきます。

なお前回と同様、この記事でも、特定の誰かを批判したり、調査報告書や調査そのものを批判することは目的としていません。



日テレ版との類似点、相違点

類似点:第三者委員会調査ではない

日テレ版では、取締役がリーダーとなり、外部の弁護士などで調査チームを編成していました。

小学館版もほぼ同じで、常務取締役(リーダー)、もう一人の取締役、外部の弁護士3名というチームです。

相違点:原作者からの修正依頼が詳細

いずれも同じ事件を扱っていますので、似た内容にはなっています。

しかし、小学館版では、原作者から具体的にどのような修正依頼があったのかが詳細に記載されています。


小学館・日テレ間の行き違い

日テレ版に基づいて書いたnoteでは、「ボタンの掛け違い」として3つの例を示しました。

ここでは、具体的なやり取りを一つを取り上げて、行き違いが起こる様子を見ていきます。

なお、小学館の調査報告書でも関係者の名前は伏せられていますが、日テレ版とは異なる略称が使われています。

日テレ版では、社員Aは「C氏」、X氏は「A氏」と呼ばれています。
非常に紛らわしいですが、この記事では上図を頭に入れて、以下をお読みください。
「社員A」「社員B」では敬称略になってしまいますので、「小学館A氏」「小学館B氏」と呼ぶことにします。

背景

ドラマ化が決定した時点で漫画「セクシー田中さん」はまだ雑誌の連載が続いており、完結していませんでした。
ドラマ全10話のうち、8話あたりで原作に追いついてしまい、以降はドラマのオリジナルとして制作することが最初から分かっていました。

いかに原作の世界観を損なわずに、8話の一部と9話、10話の脚本を完成させるのかが当初より重要な課題として関係者に認識されていました。
案の定、2023年9月以降に誰が脚本を書くかで問題が発生しましたが、以下はその前夜のコミュニケーションです。

2023年6月9日 小学館B氏と日テレX氏との電話

小学館B氏
「日本テレビ社員X 氏に電話で改めて、ドラマのオリジナル部分は芦原氏が詳細プロットを書き、これを受けて脚本家が起こした脚本を了承しない場合は脚本を自ら書く方法を提案し、脚本家に失礼にならないよう了承を取ることを求めた。これに対して日本テレビ社員X 氏は、芦原氏に書いてもらうことはありがたいと賛同し、脚本家にもうまく話しておくと回答した。」

日テレX氏
「『もし脚本が芦原先生の意図を十分汲まず、芦原先生の承諾を得られないときは、芦原先生に脚本も書いてもらうこともある』と言われた記憶はない
※詳細プロットを書く話を聞き、感謝したことは認めている。

カギカッコ内及び「※」以降は、小学館版調査報告書からの抜粋
(以下、同様)

おそらく、小学館側からは、原作者が脚本を書くこともありえるとは話したのでしょう。
どのような言葉を使ったのかは分かりませんが、日テレ側には伝わっていませんでした。

2023年6月10日 小学館B氏と日テレY氏とのメール

小学館B氏
「日本テレビ社員Y 氏にあてたメールで、『脚本家の方との向き合いもあると思いますので、なかなか心苦しいのですが』との懸念を示しつつ『その先のドラマオリジナル展開に関しては、芦原先生の方から、脚本もしくは詳細プロットの体裁でご提案させて頂けませんでしょうか』と、提案し、その際、交渉への配慮として許諾条件という程ではないとしながらも、『はっきりとした要望として』検討することを求めた。」

日テレY氏
「『9話あたりからのドラマオリジナル展開に関して芦原先生の方から、脚本もしくは詳細プロットの体裁でご提案して頂く点も承知しました。芦原先生の原作の世界観もあると思いますので具体的に頂けるほうが良いと思います』との回答をメールで返して、社員B の提案を承諾した。」

小学館は、原作者が脚本まで書くケースと詳細プロットだけを作成するケース(脚本は脚本家が書く)を提示し、日テレはそれに合意しています。
小学館、日テレの間で完全に意思疎通できたように見えます。

ところが、小学館は原作者が脚本まで書くことについて有力な選択肢として提示していたのに対し、日テレはそこまで想像が及んでいなかったことがあとで分かります。

余談ですが、価格交渉の際に売り手が価格のレンジを示すと、買い手はその下限で買えることを期待すると聞いたことがあります。
推測になりますが、日テレY氏は「脚本もしくは詳細プロット」と自らのメールで復唱しながら、詳細プロットしか頭になかった可能性があります。

2023年6月10日 小学館A氏と日テレY氏との電話

小学館A氏
「日本テレビ社員Y 氏に対して、芦原氏からプロットを書いてもらう方向で進めたいと提案した。」
※プロットを忠実に脚本に起こしてもらえるならば、という前提での提案であり、この時点で芦原氏の脚本執筆を条件から外した事実はない

日テレ側が原作者は詳細プロットまで(あとは脚本家が担当)と理解していると、すんなり受け取れる発言です。後日、原作者に脚本まで書くと言われるとは、夢にも思っていないでしょう。

あるいは、私の先ほどの推測とは異なり、日テレ側も「原作者が脚本まで書くケース」があることを理解していたかもしれません。
しかし、ここで「プロットを書いてもらう方向で」と言われて、「原作者が脚本を書く選択肢はなくなったんだな、よしよし」と思っていても不思議ではありません。

2023年6月11日 日テレY氏と脚本家とのミーティング

日テレY氏
「台本会議にて、監督やプロデューサーら他のメンバーもいる中で、日本テレビ社員Y 氏から本件脚本家に、芦原氏にプロットを書いていただける旨を伝え…」

脚本家
「芦原氏において詳細プロットを書くことを日本テレビ社員Y 氏から打診されたのは7 月11 日以降
「一切変えてはいけないというのでなければ異存がない旨伝えた」

脚本家には、日テレの台本会議で伝えられていますが、原作者が脚本まで書くことになるかもしれない、という内容は伝えられません。

しかも脚本家は伝えられたのはもっと後だったと言っています。時期についての真偽は不明です。


その後

ドラマオリジナル部分に限らず、原作者から脚本に対する修正依頼が小学館経由で日テレにたびたび寄せられます。
脚本家には、原作者の思いは断片しか伝えられなかったり、日テレにとどめられてまったく伝えられないこともありました。

原作者は、期待するような脚本にならず、修正依頼もなかなか対応されないのは、脚本家に問題があるに違いないと考えます。
そして、9話と10話の脚本は自ら担当するしかないと思うに至ります。

その一方で脚本家は、原作者からの指示に誠実に応えても修正依頼は止まらず、ついには9話、10話で外されることになります。

脚本家がその思いをSNSに公表し、それを受けて原作者もSNSにおいて反論。
これが話題となり、大規模に炎上した末に両者が投稿を削除。
そして、原作者の死亡が伝えられます


おわりに

ここに挙げた以外にも、調査報告書にはさまざまな論点が取り上げられています。

  • 小学館と日テレの契約書未締結

  • 脚本家のクレジットの9話、10話での取り扱い

  • 脚本家と原作者のSNSでの公表に対する小学館、日テレの対応

前述のように原作者の修正依頼の内容やその趣旨もかなり詳しく記載されています。
原作者が、何となく雰囲気で「気に入らない」と言っていたのではなく、緻密に作り上げたキャラクター像やストーリーに照らして矛盾する点を説明した上での修正依頼だったことも分かります。

原作者の気持ちは、次の言葉に現れていると思います。

全てお任せして「ああなるほどそうくるのか!面白い!」と思える脚本が読めるなら、一番良いが、「ツッコミどころの多い辻褄の合わない改変」がされるなら、しっかり、原作通りの物を作ってほしい。

原作者、芦原妃名子先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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