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ジャニーズ事務所 性加害事件へのマスコミの対応から学ぶ

ジャニーズ事務所の性加害事件。これに対する日本のマスコミの対応を振り返り、ガバナンスについて考えていきます。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

今回のてりたまノートはかなり長文です。5千文字近くあります。
次の構成でお届けします。

Ⅰ ジャニーズ事務所の性加害事件の概要
Ⅱ 性加害事件に対するマスコミの反応と問題点
Ⅲ 我々はマスコミの対応から何を学ぶべきか

2023年8月29日、故ジャニー喜多川氏の性加害事件に対する調査報告書が公表されました。

この中で、性加害に関する事実関係の解明に加えて、背景にあったガバナンス不全についても詳細に述べられています。
オーナー経営者(ジャニー氏や姉のメリー氏)には誰も何も言えない状態にあったこと、取締役会が開催されていなかったことなどは、ビッグモーターの保険金不正請求事件と共通しています。

まずは事件の概要から見ていきましょう。


Ⅰ ジャニーズ事務所の性加害事件の概要

何が起こったのか

調査報告書によると、ジャニー氏は約40年にわたり数百人の少年に対して性加害を繰り返してきました。

事件の経緯

1962年 芸能学校「新芸能学院」内にジャニーズ事務所を個人開業

1963年 生徒がジャニー氏の性加害に遭ったと訴えたことで「新芸能学院」との関係が決裂

1960年代末 ジャニーズJr.の前身が発足

1975年 株式会社として法人化

調査報告書より要約

ジャニー氏の少年への性加害は、ジャニーズ事務所開業直後にすでに問題になっていたことが分かります。調査報告書では、1950年代から始まっていたとのヒアリング結果も紹介されています。

事件は1999年に一つの転機を迎えます。

1999年 週刊文春が2000年にかけて14週連続でジャニーズ事務所を特集、ジャニー氏の性加害を大きく取り上げる

2004年 文藝春秋に対する損害賠償請求訴訟がジャニーズ事務所の敗訴に終わる(最高裁の上告棄却により、高裁判決が確定)

調査報告書より要約

しかし、マスコミがこれを大きく取り上げることのないまま、性加害は続きます。調査報告書では、2010年代半ばまで続いたとしています。

2020年前後にジャニー氏、メリー氏が相次いでが亡くなります。

2019年 ジャニー氏死去。メリー氏長女のジュリー氏が実質的に経営を担う

2021年 メリー氏死去

今回の調査に至るきっかけは、英国BBCによるドキュメンタリー制作でした。

2022年 BBCがジャニーズ事務所に対して取材依頼。ジャニーズ事務所は書面回答のみ実施(2回の回答のいずれにおいても、性加害の有無には言及せず)

2023年1月1日 日経新聞にて全面広告、コンプライアンス強化を発信

2023年3月18日 BBCがドキュメンタリー動画「J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル」を配信

2023年4月12日 元被害者が日本外国特派員協会で記者会見

2023年5月14日 ジュリー氏が動画「故ジャニー喜多川による性加害問題について当社の見解と対応」を配信、謝罪するとともに調査委員会発足に言及

2023年8月4日 来日していた国連人権理事会(「ビジネスと人権」作業部会)が記者会見にて「タレント数百人が性的搾取と虐待に巻き込まれる深く憂慮すべき疑惑が明らかになった」と指摘※

2023年8月29日 調査報告書公表

調査報告書より要約(「※」のみ日経新聞記事より)


Ⅱ 性加害事件に対するマスコミの反応と問題点
 ➀性加害事件へのテレビ局の対応

調査報告書での評価

調査報告書では「マスメディアの沈黙」と題し、1ページを割いてテレビ局をはじめとするマスコミの対応について述べています。

まず、過去の報道について、以下のように批判しています。

「2000年初頭には、ジャニーズ事務所が文藝春秋に対して名誉毀損による損害賠償請求を提起し、最終的に敗訴して性加害の事実が認定されているにもかかわらず、このような訴訟結果すらまともに報道されていないようであり、報道機関としてのマスメディアとしては極めて不自然な対応をしてきたと考えられる。」

「ジャニーズ事務所のアイドルタレントを自社のテレビ番組等に出演させたり、雑誌に掲載したりできなくなるのではないかといった危惧から、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道するのを控えていた状況があったのではないかと考えられ、被害者ヒアリングの中でも、ジャニーズ事務所が日本でトップのエンターテインメント企業であり、ジャニー氏の性加害を取り上げて報道するのを控えざるを得なかっただろうという意見が多く聞かれたところである。」

調査報告書より抜粋(太字は筆者)

そして、マスコミの沈黙が被害拡大の一翼を担ったと結論付けています。

「ジャニーズ事務所は、ジャニー氏の性加害についてマスメディアからの批判を受けることがないことから、当該性加害の実態を調査することをはじめとして自浄能力を発揮することもなく、その隠蔽体質を強化していったと断ぜざるを得ない。その結果、ジャニー氏による性加害も継続されることになり、その被害が拡大し、さらに多くの被害者を出すこととなったと考えられる。」

調査報告書より抜粋(太字は筆者)

2023年の報道姿勢

BBCによるドキュメンタリー動画が配信されたのが3月18日。
あるテレビニュースのランキングによると、翌週一週間に放送されたテーマの10位までに、この事件は入っていません。
このころは日本中がWBCでの侍ジャパンの活躍に熱狂していました。

日本外国特派員協会での記者会見があったのは4月12日。
翌週一週間、はやりこの事件は10位にも入りません。
岸田首相に爆発物が投げられたころです。

ジュリー氏による動画配信が5月14日。
ようやくランキングに姿を現します。ところが市川猿之助事件の方がよほど大きく報道されています。
以後、調査報告書の公表までに、この事件がランキングに登場することはありませんでした。

調査報告書公表を受けて

調査報告書が公表されたあと、NHK日本テレビテレビ朝日TBSフジテレビテレビ東京が一斉にプレスリリースを出しました。

いずれもA4で10行もない短いもので、調査報告書が公表されたことや、人権を重要と考えていることなどが書かれています。
一見すると似ていますが、よく読むと微妙に違いがあります。

  • 調査報告書でマスコミの対応が批判されることについて「重く受け止めている」「真摯に受け止める」としているテレビ局が多い一方で、テレ朝、TBSのプレスリリースにはこのような表現はない

  • ジャニーズ事務所に対して被害者救済と再発防止を求めるとしているテレビ局が多い一方で、テレ朝、フジにはこのような表現はない

ジャニーズ事務所へのこれまでの要求について、テレ東のみが以下のように具体的に記載しています。

「ジャニーズ事務所前社長であるジャニー喜多川氏の性加害問題について、テレビ東京は6月以降、同事務所に対し、第三者機関による検証と公表、さらには再発防止の徹底などを申し入れてきました。」

テレ東ニュースリリースより抜粋

この短いプレスリリースがすべてではないとは思います。
しかし、社会から注目度が高く、社内で練りに練ったと思われる文章の中で、反省の意を表したり、ジャニーズ事務所への要求を明言できないテレビ局の姿勢には異様なものを感じます。


Ⅱ 性加害事件に対するマスコミの反応と問題点
 ②テレビ局が果たすことのできるガバナンス

ジャニーズ事務所は非上場であり、また実質的な権力者とその親族がオーナーでもあったことから、社内のガバナンスを期待できる体制にはありませんでした。
ガバナンス不全は批判されても仕方ありませんが、同様の非上場同族企業は日本中にありますので、ジャニーズ事務所だけをたたくことはフェアではありません。

このため、社外からのガバナンスが効かなかったことがたいへん残念なところです。
特にジャニーズ事務所にとって重要な取引先であるテレビ局がどうして何もできなかったのか。

アパレル企業が海外の製造協力先やさらにその下請け、孫請けでの人権問題で批判され、ブランド価値を毀損するのと同じ構図です。

今後、取引先に人権問題などが発生したときに適切に対処するために、各テレビ局はジャニーズ事務所の性加害事件について、以下のような総括を行うべきだと考えます。

  • テレビ局内で過去に誰がどこまで知っていたか、知るために怠った努力はないか

  • 過去のどの時期にどのような議論があり、どのような判断でどのように行動したのか

  • その判断、行動は、現在の基準でみて妥当か、妥当でなければ、そのような判断、行動になった原因は何か

  • 今後繰り返されないために、何をしていくのか


Ⅲ 我々はマスコミの対応から何を学ぶべきか

テレビ局を批判して終わるだけでは、テレビ局が他人ごとのようにジャニーズ事務所を批判して終わっているのと変わらなくなってしまいます。

テレビ局とジャニーズ事務所の性加害事件とのかかわりは、次のように一般化できます。

企業は、重要な取引先において深刻な人権問題の疑いがあるときに、どのように対応するべきか

例えば、あなたがAIを開発し利用している世界最先端のIT企業の経営者だとします。
熾烈な競争に勝ち抜くためには、GPUが大量に必要。製造元のN社では生産が追い付かず、調達部門のトップが同社に日参して少しでも多くのGPUを確保するよう努力している。

そんなときに、N社の深刻な人権問題のうわさを耳にしたらどうでしょうか?(まったくの架空の話です。頭の体操にお付き合いください)
さらにそのうわさがアメリカの一部のメディアで報道されたら、どうしますか?

まずはN社に問い合わせればよいかもしれませんが、嫌がられてGPUを他社に回されてしまわないか心配です。
同業他社も動いていないようだし、まずは静観しておこう、とならないでしょうか?
しかしそうしている間に、人権問題が事実であることが判明し、あなたの会社も含めて「人権軽視企業」のレッテルを張られてしまうかもしれません。

たいへん難しい問題です。
今回の性加害事件をきっかけとして、取引先の人権問題に対する方針や手順を議論しておくべきだと考えます。


おわりに(さらにちょっと長めです)

アメリカでは2013年に紛争鉱物の開示が開始されました。
「紛争鉱物」、聞いたことのない人には意味不明な用語ですが、コンゴ民主共和国と周辺国で採掘される4種類の鉱物(金、スズ、タンタル、タングステン)を指します。

この地域では多数の武装勢力による紛争が続き、鉱山労働者や女性への過酷な人権蹂躙が問題となっています。4種類の鉱物の大需要家である先進国は、武装勢力による紛争に資金を供給し、人権蹂躙に間接的に加担していると考えられます。

そこでアメリカ政府は上場企業に対して、サプライチェーンをさかのぼって紛争鉱物を使用しているかどうかを調査し、その結果を毎年公表するように要求したのです。
そもそも投資家保護とは関係のない話。企業にとっては大迷惑な新規制だと思っていました。

ところが、米国企業は不満の声を上げることなくこの規制を受け入れました。かなり前のめりに取り組んだ企業も多かったと聞きます。

このような規制が導入されること、さらに規制への各社の取り組み姿勢に人権問題への意識の大きな違いを感じました。

調査報告書を読んだ人は誰もが、ジャニーズ事務所で起こったことはおぞましい事件だと思います。しかし、欧米各国はさらに高い温度感でこの事件を受け止めています。
それがBBCによるドキュメンタリー作成であり、外国特派員協会で受けた注目であり、さらに国連人権理事会の調査に現れています。

今後は外圧がなくても人権重視の国だと胸を張れるように、我々ができることを考えていかないといけません。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはTwitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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