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ビッグモーターの保険金不正請求事件から何を学ぶべきか

ビッグモーターにおいて、広範囲な保険金不正請求事件が発覚。我々はそこから何を学ぶべきでしょうか?


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

CMでおなじみだった、中古車販売の株式会社ビッグモーター。保険金不正請求が発覚し、連日ニュースをにぎわせています。
今回は、この事件を取り上げ、企業でガバナンスや内部統制に関係する経営者、社外役員、経理部門、内部監査部門の方々や、監査人の方々に向けて、この事件から何を学ぶべきか、考えていきます。

なお、以下では主として2023年7月18日に公表された「調査報告書」を参照して記載しています。


ビッグモーターの不正の概要

ビッグモーターは中古車の買取や販売で有名ですが、今回の舞台は修理サービスを行う部門(BP本部)です。

不正の内容は?

BP本部では、必要のない修理について損害保険会社に保険金を請求していました。もう少し細かく言うと、次の3種類があったようです。

  • 実際には行われていない修理を行われたかのように請求

  • 修理の不要な箇所についても修理を実施して請求

  • 車両に傷をつけて修理の必要な箇所を拡大し、修理を実施して請求

不正の範囲は?

「調査報告書」の元になった調査では、どの程度の規模で不正が行われたかをサンプルベースで調べています。

2021年の鈑金・塗装案件は44,788件ありました。
この中で特に不正が多かったとみられる「タワー牽引」と呼ばれる作業が含まれる28,706件から、2,717件を無作為抽出。社内に残されていた関係資料を検討した結果、1,198件で不正の疑義があったとしています。
これはサンプルのうち44%にのぼり、驚くべき割合ではありますが、不正が多そうなものの中から選んでいること、また関係資料を閲覧しての評価のため、不正が認定されたわけではないことに留意が必要です。

さらに重要なことは、北は札幌から南は鹿児島まで、30か所あるすべての修理工場でこの「疑義案件」が発見されたことです。(「調査報告書」の工場の一覧表には34か所がリストされているのですが、差の理由は分かりません)

最重要な問題点(3つに厳選)と、そこから学ぶべき点

「調査報告書」では、不正請求が行われた原因として、以下の5つが挙げられています。

  1. 不合理な目標値設定

  2. コーポレートガバナンスの機能不全とコンプライアンス意識の鈍麻

  3. 経営陣に盲従し、忖度する歪な企業風土

  4. 現場の声を拾い上げようとする意識の欠如

  5. 人材の育成不足

私の方でこれをかみ砕いて、最重要と思われる3点を選びました。

❶ 目標達成への強烈なプレッシャー

BP本部(修理サービス部門)では、「車両修理案件1件あたりの工賃と部品粗利の合計金額」を「アット」と呼び、この平均値を重要なKPIとしていました。

全国の工場長が参加する工場長会議が毎週で開催され、「アット」の目標値が達成できない工場長に説明させたり、アクションプランを報告させたりしていました。工場長会議では未達の理由を厳しく問い詰める場面もあり、工場長にとっては強烈なプレッシャーになっていたようです。

「調査報告書」では、このKPIについて次のように述べられています。

そもそも、事故車両に対する修理工賃は、対象車両の損傷状況によって決まるものであって、中古車の買取・販売事業とは根本的に異なり、BP工場従業員らの営業努力によって大きく上下するものではない。

「調査報告書」では、「アット」がKPIとして最重視された理由は明らかにしていませんが、ピントのずれたKPIを設定し、プレッシャーをかけることで、おかしいことが起こってしまったと言えます。

❷ 恐怖政治とガバナンス不在

「アット」による管理には、忠実にこれに従い高評価を受けようとする従業員がいる一方で、反発する人もいたようです。
しかし、ここで降格人事が頻繁に起こります。弁明の機会は与えられず、理由も説明されないまま降格され、それが全社のイントラネットで公表されていました。
この状況では事実上、黙って従うか、退職するか、二つの選択肢しかありません。

ビッグモーターは非上場のオーナー企業で、ガバナンスは効きづらいと言えますが、さらに取締役会が開催された形跡もないとのこと。
この環境で監査役監査が機能することも難しそうで、「主として帳簿類の監査と一般的な業務監査」にとどまっていました。各店舗は2年に1度のペースで往査していたようです。
負債総額200億円以上のため会計監査人は置いていましたが、その名前や監査の状況について言及はありません。

ちょっと極端なガバナンス不全ですが、制度上用意されているガバナンスがどれも機能しないとどんなことになるか、再認識するよい機会だと思います。

❸ 不正行為やその疑義への対応が不適切

2018年ごろに、当時のBP本部長の指示による売上高の前倒し計上や架空計上が発覚しています。
この結果、BP本部長の処分は降格にとどまります。また、なぜこのような不正が行われるに至ったかなどの詳細な調査は行われません。

これとは別に2022年、副社長がある修理工場を訪問した際に、そこの従業員から「工場長に指示されて不正請求を行っている」と報告されます。副社長は自らは対応せず、社長に連絡するようにとだけ指示。
この会社ではLINEが広く使われているようで、従業員はLINEで社長に報告。社長はこれをBP本部の部長に転送して調査を指示。
この部長は修理工場を訪問し、この従業員や工場長と話しますが、どちらかと言うと従業員を諭すような会話だったようです。部長から社長には「わだかまりを解きました」と報告し、それっきり。

そもそも法令違反(取締役会非開催や手順を踏まない降格処分)が横行している組織ですので、自浄作用を期待することは難しいかもしれません。
それでも、問題が何度も経営者の目の前に突きつけられているのに、何らの是正がされなかったことはたいへん残念です。

さらに大きな問題の可能性

「調査報告書」の対象でないため明らかにされていない問題が二つあります。

一つは、損害保険会社がチェックできなかったのか、ということです。
請求された修理の内容を他社と比較すれば、異常は見つけることはできるように思います。
ビッグモーターは保険代理店でもあり、損保としては保険契約を回してくれるお客様でしたので、何らかの忖度が働くことがあったかもしれません。

もう一つは、ビッグモーター以外の修理工場で同じことが起こっていないか、ということです。「調査報告書」にも「鈑金工場ではどこでもやっているものだ」といった従業員の発言が紹介されています。
これが事実であってもビッグモーターの責任は変わりませんが、再発防止策に影響すると思われます。

おわりに

大企業でガバナンスや内部統制の問題がここまで深刻な会社は珍しいかもしれません。
しかし、自社を、あるいは担当する監査クライアントをビッグモーターと比較して安心してしまうと残念です。
ぜひ、ここから教訓を抽出して、見直す機会としていただければ幸いです。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはTwitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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