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監査スタッフの「なんでこんなに文書化が必要なんですか?」に答える【監査ガチ勢向け】

「ここに間違いはなさそうだな」と分かっているのに、そこから調書作成に延々時間がかかる。もっと別のことに時間を使った方がよくない?と思いますよね。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

受験生時代に専門学校の先生から「監査の仕事は、実は調書作成している時間が長い」と聞いて意外に思ったことをよく覚えています。
監査法人に入社して、その意味がよく分かりました。スタッフにとっては仕事は調書作成を中心に進みます。

そこから時代が進み、求められる「文書化」のレベルは様変わりしました。
おそらく今のスタッフの皆さんが30年前の調書を見ると、「こんな簡単でよかったの?」と思うでしょう。

今回のてりたまnoteでは、「なんでこんなに文書化が必要なんですか?」という疑問に答えていきます。



訴訟リスクに対応するための文書化

もし監査人が結果責任をすべて負うとしたら、きっとたいした文書化は要らないでしょう。
重要な誤謬や不正を監査で見逃していたときに、株主がこうむった損失を監査法人が弁償することになっていれば、監査の中身は今ほど問題にならなかったと思います。
そうなると、ほぼ保険業ですね。規制の矛先は、いざというときに支払う能力があるのか、という点に向かっていたことでしょう。

ところが、監査はそのような責任を負うものではありません。
そうすると監査で見逃されていたことで不利益をこうむった人は納得がいかず、監査法人に対して訴訟を起こすことになります。

監査法人は自衛手段として何ができるのか?
そこで、よりどころとなる基準を設定して、その基準に基づいて監査できていたら責任をまっとうしたことにしてね、と言うことになります。
「基準に基づいて監査した」か否かが問題となり、ちゃんとやったことを疎明する文書、すなわち監査調書が重要になります。


検査リスクに対応するための文書化

調書にいっぱい書かないといけないのは、しょせん訴訟対策でしょ、とよく言われます。
もちろん訴訟リスクは現に存在しますので無視はできないですが、現場感覚として、訴訟を意識したことはほとんどありません。
また文書化の話をするときに、「ここまで書いておかないと訴訟で勝てない」といった発言は、日本でもアメリカでも聞いたことはありません。

それよりも目に見えて脅威となっているのが検査リスクです。
検査リスクは、指摘を受けると改善しないといけなくて面倒、といったことにとどまりません。
検査の結果、監査品質に問題ありとなると、課徴金、業務停止、さらには解散命令といった処分が下されることになります。解散までいかなくても、信用が看板の監査法人にとって、ダメージは計り知れません。
さらに監査を担当したパートナーにも公認会計士登録の抹消や業務停止といった処分があります。

検査リスクに対応するために何ができるか?
監査手続を強化することと、それをしっかり調書に書くこと。ここでも文書化ですね。

"No paper, no work."
調書がなければ、やってないのと同じ、と言われます。
ちなみにこの言葉は、いわば和製英語で、海外では通用しないと思っているのですが、もし詳しい方がいらっしゃったら教えてください。


監査品質向上のための文書化

訴訟リスク、検査リスクと後ろ向きな話が続きました。
いずれも現存するリスクで対応が必要なことは間違いないですが、それだけだと「やらされている」だけになってしまいます。
何か監査人にとって、積極的な理由はないでしょうか?

それが、「監査品質向上のための文書化」です。
実は、今回はこれがメインで、ここまでお読みいただいたのはメインのための前振りでした。(長くてごめんなさい)

私自身、担当した監査で、文書化によって監査の質の向上に役立った実感があります。

頭の中が整理される

調書を作成するときに、「会社の処理は適正かな? 虚偽表示かな? ドキドキ」と結論を想定せずに書くことはないと思います。
「まあ、大丈夫だな」「虚偽表示だな」と結論のイメージはあるはず。
その結論に至るぼんやりとした道筋を明確にして、言語化する過程が文書化です。

その道筋が明らかになると、結論に自信を持つことができます。
チーム内のレビューアーや審査、検査に対してより雄弁に語ることができます。
意見が対立するクライアントにも。と言うよりも、結論までの道筋が見えていないのに、議論はできません。

漏れや矛盾が見つかる

頭の中が整理されると、検討が不十分なところが見つかります。

  • 検討するべき論点が漏れている

  • 重要と考えていた論点、証拠、会計基準などが、それほど重要でなかった(逆もしかり)

  • 結論を導く論拠が意外と薄い

  • 筋が通っていると思っていた論拠に矛盾がある

これらの結果、結論が変わることもあります。
まさに、監査品質向上に貢献していると言ってよいでしょう。

レビュー可能になる

監査調書は、レビューアーのチェックを受けます。
レビューアーは、調書作成者よりも経験年数が長く、役職も上の人が務めることが通常。しかし、そうでなくてもレビューの意味はあります。

調書作成者は、どうしても思い込みで書いてしまったり、書くことに一生懸命で視界が狭くなってしまったりして、独りよがりになりがちです。
これはスタッフだから、ではなく、マネジャーでもパートナーでも同じこと。
そこで、別の人に読んでもらうことはとても重要です。

私がパートナーになってからは、個別の検討調書を作ることはあまりなかったですが、検討結果をメモにまとめたり、それをクライアントや品質管理部門に説明するための資料を作ったりすることはありました。
そのとき、マネジャーなどに必ず確認してもらっていました。そうでないと、こわくて出せません。

というように重要なレビュー。文書になっていないと、なかなかできません。
私自身、監査チームメンバーから「まだ調書はできていませんが……」と口頭で内容を説明してもらうことがありました。
そのときに「まあ、大丈夫そうだな」と思っても、調書を読むまではとても不安でした。読んだ瞬間に印象が180度変わることを何度も経験してきたからです。

ということで、文書化は有効なレビューに役立ち、有効なレビューを行うことで監査品質を向上させることができます。


文書化が苦手な理由

以上、文書化が監査品質向上に役立つ理由でした。
おそらくこれで、「え、そうなの?!」と驚くことはなかったと思います。
重要だと頭でわかっていても、抗いたくなるのには理由があります。

まず、東洋人は全体をざっくり見て結論を出す傾向があるのに対し、西洋人は部分を見た判断の積み重ねで結論に至るそうです。

監査では、検討する対象を分解し、一つひとつの部分に対する判断を行い、それを積み重ねて結論に至る。まさに「西洋人」の物の見方で成り立っています。その思考をそのまま文章に落とすと調書になります。
我々東洋人は、結論は分かっているがそこに至る道筋が明確でない。西洋人の思考回路を導入しないと、文書化できないわけです。

ちなみに「東洋人」というざっくりした主語が気になるかもしれませんが、この本では日本、中国、韓国を指しています。
ところで、この本は古典であり名著なのですが、アマゾンの写真がメルカリっぽいのはとても残念。しっかりしてくれ、アマゾン!(アフィリエイトはやっていません。余談ですが、アフィリエイトをやっている人のブログなどが参考になったら、その苦労に報いるため積極的にアフィリエイトリンクを踏んであげてください)

もう一点は、ハイコンテクスト社会ゆえの難しさです。
日本は「一を聞いて十を知る」や「不言実行」など、言わないことが美徳とされる文化。

この本によると、26の主要国を調査した結果、一番ハイコンテクストなのが日本、一番ローコンテクストがアメリカ。

ハイコンテクスト
良いコミュニケーションとは繊細で、含みがあり、多層的なものである。メッセージは行間で伝え、行間で受け取る。ほのめかして伝えられることが多く、はっきりと口にすることは少ない

ローコンテクスト
良いコミュニケーションとは厳密で、シンプルで、明確なものである。メッセージは額面通りに伝え、額面通りに受け取る。コミュニケーションを明確にするためならば、繰り返しも歓迎される。

「異文化理解力」より

日本人から見ると、アメリカの調書は「だらだら書いてバカじゃないの?」。
アメリカ人から見た日本の調書は「こいつ、分かってないのに適当に書いてるんじゃないの?」。
この戦い、残念ながら監査を育てたアメリカに軍配が上がります。

日米の文化の違いが文書化にどう影響しているか、は過去のてりたまnoteにも書きましたので、参考にしてください。


おわりに

今回はちょっと長かったですね。失礼しました。
もう終わりますが、文書化のその先まで考えよう、といったこともこれまでに書いていますので、こちらもよかったらご覧ください。

これだけ文化の壁があるのに、日本の監査人はがんばっていると思いますよ。誰もほめてくれないから、私がほめましょう。みんな、偉いぞ!


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはTwitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

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