見出し画像

仕訳テストの源流をたどる【監査ガチ勢向け】

監査現場で極めて不人気な仕訳テスト。なんでこんなことをやるようになったのか? 私も改めて疑問に思い、源流をたどってみました。


監査法人で30年強、うち17年をパートナーとして勤めた「てりたま」です。
このnoteを開いていただき、ありがとうございます。

X(Twitter)で「監査の何がムダだと思いますか?」と質問してみました。

そうすると、複数の方から「仕訳テストがムダ」という回答。
仕訳テストについては、このてりたまnoteで一度書いています。

このときも「仕訳テスト導入の経緯」という章を書いています。
しかし「エンロン事件があって監査の不正対応を見直す中で出てきた手続」といった、もやっとした書き方で終わっています。

そこで、何とか源流をたどれないかと調べてみました。
鍵となるのは、エンロン事件とほぼ同時期に起こったワールドコム事件です。



ワールドコム事件とは?

事件の概要

ワールドコムは買収を繰り返して急成長するアメリカの電話会社でした。
ところが、同じ電話会社のスプリントの買収失敗が失敗に終わると、成長戦略が頓挫し株価が低迷。経営陣は業績回復のプレッシャーにさらされます。

そこでCFOを中心に行ったのが、回線使用料(Line costs)を有形固定資産に振り替えて費用を圧縮する不正でした。
ワールドコムはほかの電話会社の回線を使っていたため使用料が発生し、これが営業費用の半分くらいを占めてたのです。

2001年度の回線使用料はこの方法で約30億ドル圧縮。P/L計上額177.9億ドルとするべきところを147.4億ドルと表示していました。
その結果、税引前損失だったのがあら不思議、税引前利益となっています。

この修正については、EDGAR(米国版EDINET)にワールドコムのプレスリリースが残されています。

ワールドコムは2002年7月にいわゆるチャプターイレブン(日本の民事再生法に相当)を申請して破綻しますが、2006年に米電話会社のベライゾンに買収されました。

不正の詳細

ワールドコムの回線使用料の不正は、きわめて簡単な仕訳で行われていたと言われています。
事件発覚後に取締役会が設けた調査委員会の報告書(以下、「調査報告書」)では、次のように記されています。

The capitalization entries were made in large, round-dollar amounts after the close of the quarter and only a few days before the Company announced its earnings.
(資産を計上する仕訳は、四半期決算の締め後、決算発表のたった数日前に、多額かつ丸い金額で行われた。)

Staff accountants in the General Accounting group frequently and without question entered large, round-dollar journal entries—in the tens, and often hundreds, of millions of dollars—after the close of a quarter, without being provided any supporting documentation whatsoever.
(一般会計部門の担当者たちは、頻繁に、疑問に感じることもなく、四半期の締め後に数千万ドル、数億ドルという多額かつ丸い金額の仕訳を、裏付け書類が一切ない中で入力した。)

「調査報告書」より
(和訳は筆者による。以下、同様)

「四半期」とありますが、年度決算を含む四半期ごとの決算を指しています。

ワールドコムの不正な仕訳の特徴は…

  • 締め後の仕訳(決算整理仕訳?)

  • 多額

  • 端数のない丸い金額

ほかにも収益の水増しもありましたが、やはり多額かつ丸い金額だったとのことです。


監査基準の改正

エンロン事件を受けて新しい監査基準書(SAS99)が作られたことは、先にご紹介したてりたまnoteにも書いています。

ワールドコムが過年度の決算訂正を発表したのは2002年6月。SAS99の発行は同年10月ですので、ワールドコム事件をどこまで参考にできたか微妙ですが、一般にはエンロン事件と並んでSAS99が生まれるきっかけになったと言われています。

そこで問題になったのは、監査人のリスクアプローチ。
今でこそ「リスクアプローチの不徹底」が検査指摘の常連となっていますが、当時は悪者扱いでした。

リスク・アプローチへの反省
・監査事務所の経済効率性のためだけにリスク・アプローチが導入され、その結果、監査の有効性が低下していた

不正捜索型(Forensic type Auditing)の監査手続
・SAS99号では、不正リスク要因を検討して、それらに応じて監査手続を監査のすべての場面で一貫して適用

企業会計審議会監査部会資料「企業不正に対する監査人の取組みと課題」(八田進二、2012年6月27日)より

そもそも大手監査事務所が実証手続の範囲を絞るための道具としてリスクアプローチを持ち出し、それが巨額不正の見逃しにつながった、と評価されていたということです。

「調査報告書」にもこのことは指摘されています。
少し長くなりますが引用します。

Andersen employed an approach to its audit that it itself characterized as different from the “traditional audit approach.” It focused heavily on identifying risks and assessing whether the Company had adequate controls in place to mitigate those risks, rather than emphasizing the traditional substantive testing of information maintained in accounting records and financial statements. This approach is not unique to Andersen, and it was disclosed to the Audit Committee. But a consequence of this approach was that if Andersen failed to identify a significant risk, or relied on Company controls without adequately determining that they were worthy of reliance, there would be insufficient testing to make detection of fraud likely.
((監査人である)アンダーセンは、「伝統的監査アプローチ」とは異なる特徴を持つアプローチを採用していた。会計記録や財務諸表に反映されている情報に対する伝統的な実証手続を重視するのではなく、リスクの識別ち、それらのリスクを軽減する適切な内部統制があるかの評価に相当な重点を置いていた。このアプローチはアンダーセンだけのものではなく、(ワールドコムの)監査委員会にも報告されていた。しかし、このアプローチにより、アンダーセンが重要なリスクの識別を失敗した場合や、依拠するに足るか否かを適切に判断することなく内部統制に依拠してしまった場合には、不正を発見するためのテストが不十分になってしまう。)

「調査報告書」より

ワールドコムの不正な仕訳の特徴を思い出してください。

  • 締め後の仕訳(決算整理仕訳?)

  • 多額

  • 端数のない丸い金額

このように、誰が見てもおかしいと分かるような仕訳が見逃されないように、「不正捜索型」の手続の目玉として仕訳テストが導入されたのです。


おまけ:「不正リスク対応基準」導入時のどたばた

不正つながりで思い出したことを一つ。
日本でもオリンパス事件など粉飾事件が相次ぎ、2013年に不正リスク対応基準が導入されました。

その導入直前にJICPAが金融庁から講師を招いて研修会を開催したときのこと。
私はオンラインで受講していたのですが、質疑応答でとても驚いたことがありました。
それは、受講していた公認会計士から、クレームとも言えるような強い口調で、この新しい基準に反対する意見が相次いだのです。

確かに私も、日本独自の基準を作ってしまって、海外子会社でどう導入するんだろうなどと疑問に思うことはありました。
しかし、監査業界としては、不正を見逃してしまったことを反省するべきときです。
金融庁としても、監査法人の監督が不徹底ではないかと言われている中で、何もしないわけにはいきません。

私が講師だったら、「あんたがた会計士が不正を見逃すから、こんなことになるんじゃないか! なんの対応もせずに逃げられると思っているのか!」と切れていたかもしれません。

しかしその講師の方は、汗を拭きながら丁寧に答えておられました。
うろ覚えですが、今の金融庁長官の栗田氏ではなかったかと思います。


おわりに

私は仕訳テスト自体は、意味があるものだと思います。しかし、どこまでリソースを割いて手続をするかは議論していくべきだと考えています。

どうせやらないといけないのであれば意義が分かっている方がよいと思って、もう一度noteに書きました。
参考になれば幸いです。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。
この投稿へのご意見を下のコメント欄またはX/Twitter(@teritamadozo)でいただけると幸いです。
これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。

てりたま

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?