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1095日の生き様 ②~はじめの一歩~

祝2日連続投稿。
注)真面目に仕事しながらです!

さて前記事は駒澤高校入学確定までのお話でした。
今回は厳しい世界の入り口編!

初回時にも書きましたが、
当件の内容については私のツラかったけど今となっては良い思い出として紹介しており、決して当時、現在の駒澤高校IH部を否定しているわけではございません。ましてや20年前の内容であり、現在の駒澤高校とは、ほぼ無縁の内容である事を承知の上でご覧ください。

私の駒澤の同期は10名でした。
苫小牧から8人
~地方組~
釧路から1人
八戸から1人

それぞれ紹介してたらキリがないので地方組だけ紹介しておきます。
釧路の浅利拓

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彼は中学日本一(和光中は2位)の釧路緑陵中のキャプテンとしてトリッキーなホッケーが魅力の一人。そして何より見た目通りホッケーより私生活がトリッキー。

彼は入学の日の朝、髪の毛を普通に伸ばして一緒に学校行こうと私の家に来ました。


片手にバリカンで。


初めてウチに来るや否や
「ばあちゃん!俺の髪切って!」


そう言って初登校日の朝にウチの祖母にバリカンで坊主にしてもらってから登校しました。

言っておきます。


ウチのばあちゃんとは初対面です。



はい。
次に八戸の菊池恭平

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パッパラパーな奴でもないのですが、実は彼とは

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生まれた時からお友達。
(私、右ですからねっ!)

共に父が王子の選手だったのもあり、よく王子のアパート前で現クレインズ池田一騎の姉と3人同級生で遊んでいました。
私にとって恭平ほど付き合いの長い友達はいないと思います。

そんな地方組2人を含めて10人で駒澤常勝!を、目指して入学する事になります。

先輩方が見守る中、ガチガチで入学式に参加します。
苫小牧では目が合えば

「なにガメってんのよ」
※訳 「なに睨んでんのよ」

と、いちゃもんをつけられ先輩から目を付けられるのは和光中時代に勉強済みです。

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視線を下げ、ほぼ床をずっと見たまま入学式は終了し、午後より部活に入ります。

当時は旧体育館まるまる一つがホッケー部の部室になっており、そこの一角に控室というか更衣室がありました。

その更衣室にはそれぞれの個人ロッカー、ソファとジェットヒーター、テレビなんかもありました。

ここでさっそく最初の

掟~その1~
・1年生は裏口から入室せよ

その控室ですが正面のドアは1年生の使用禁止
基本的には裏口から入室しないといけないというルールでした。

そして掟はどんどん増えていきます。

掟~その2~
・1年生は腕時計、ポケットティッシュを常備せよ
掟~その3~
・笑顔禁止
掟~その4~
・先輩に対して口から発せる言語は原則「はい」「いえ(いいえ)」のみ
掟~その5~
・水は飲むな(先輩からの許可時を除く)
掟~その6~ 服装
・ハーフパンツ禁止(支笏湖マラソン以外)
・Tシャツはズボンから出してはいけない
・学生カバン、ローファー禁止
(リュックサック、運動靴のみ可)

まずはホッケー部としては常識の1~6が掟として指導されます。

私が一番最初、大変だったのが4です。
中学校上がりの私のようなガキにとっては否定する時に「いや」というのがクセになっています。
とっさに何かを聞かれて答える時「いや」と文頭に述べるクセ
これを改めることが大変でした。

最初の頃は「いや、」というと先輩が「いや?」と、今にも○してきそうな顔でツッコんできます。

これについては1ヶ月ほどで直ったのですが社会に入る上で、非常に良いクセになっていると今は思います。
やはり目下の子を見ていると、とっさに「いや、」と否定する子と「いえ、」と否定する子だと確かにそれだけで判断はできませんが育ってきた環境の一部が見え、違いが見えるような気がしています。(ただの偏見)

そんなこんなで初日はコースの説明でした。
なんのコース?と思うかもしれませんが陸上トレーニングで行う伝説メニューの一つ

スペシャル
(通称:スペ)

のコースです。

この日は初日という事もありながら2年の先輩方2~3人が自転車で我々はゆっくりジョギングしながらコースを回り、それぞれのポイントで1本だけ軽くやって、帰って来ました。
そして私は初日に確信します。

あぁ俺ダメだ。と。

そして翌日・・・

初日に説明のあったスペシャルがいよいよ決行されます。

それでは当時の駒澤OBはニヤニヤ見ていると思うので以下はスペシャルの説明を細かくさせていただいて今回の記事は終わりたいと思います。
(興味の無い方はそのまま閉じてください)

コース全貌

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このように上り下りがある山道をぐるっと一周して各地点A~Cで陸トレをして帰ってくるというメニュー、これがスペシャルです。

監督から
『はいっ、じゃー今日はスペシャル行ってみよぉ~!』と言われると、心臓がドクンと危険信号を発し、先生の乗る自転車のカゴに半分凍った2Lペットボトルに水を入れたものを積み込み、スタートラインに駆け足で向かうわけです。

斜めにしたペットボトル

(斜めにして凍らせるのは基本中の基本です)

このコース(道順)は変わる事はなく、変わるとすれば各地点での本数、競技などがアレンジされる程度です。

各地点への移動距離、帰路を含めると10.5kmにもなるのは今になって知りました。


各地点について

A地点・・・聖地[山王神社]
ここには山王様(勝手に名づけてる)が頂点に君臨され、その頂点に挑みし者のみ最高級の乳酸と筋肉痛が与えられると言われている聖なる神社です。

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あちらに小さく見られますのが山王様のあらせられます宮殿になります。

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こちらが山王様です。
8年前、誰かイタズラしたのか両腕が無い、この状態で倒れてたので昔の感謝を込めて整備させていただきました。

この坂を一番下から頂上まで5~10本がベースです。
ダッシュ、スキップ、スケートなんか種目があったりしました。
それらのメニューを山王様が見られてる中、我々はせっせとこなすわけです。

「ありがたや、ありがたや」


さ、続きまして

B地点・・・公園だと一度も思った事の無い[緑ヶ丘公園]
こちらは公園と言われるだけあり奥には遊具なんかもあるのですが、

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広い芝生のスペースに、

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ちょうど3分程度で帰って来られる

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階段付きのコースなんかがある肺をいじめるにはもってこいの大変素晴らしく、ありがたい公園でございます。

この3分コースを切れるまで永久に続く。というルールは鈍足な私にとって俺に明日は来るのだろうか、と日々思わされた場所となります。

またこの3分コース、2年生以上はコースが変わります。

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二年生以上は当たり前にこのショートカットをします。
通称:小ワープ

小ワープがあるという事はもちろん大ワープもあります。

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このように大ワープはスタートしてすぐの下りの道の中腹辺りで思いっきりショートカットです。笑
この大ワープは威力が強すぎて2年生でもあまりやらなく、3年生でも威厳のある人間にしか使用できない代物でした。(さすがに周りの目が痛い)
このワープを使った後は後ろから来る早い奴らが自分を追い抜くまでジョギングをしてタイミングを図り、普段の自分の順位辺りで何食わぬ顔をして走り始めるという高度なスキルと強靭なメンタルを必要としました。

(私は3年の時、大ワープのスペシャリストだったと自負しております。)

腕立て・腹筋・三段ジャンプ・相撲なんかの種目をやって、そのままコースを3分以内で走りきる。ベースは3~5本くらいだったような気がします。(意識が飛んでるので記憶がこの辺から曖昧)

そして最後の
C地点・・・鯉のように口をパクパクして酸素を![金太郎の池]

こちらの池は外周おおよそ1kmらしいです。
ですが駒澤はそんな平和なランニングコースを走りませんし走ったことが多分ありません。

まずはローラー滑り台を滑りたいわけでもないのに、長い階段をさまざまな種目で上がります。一般客に迷惑をかけないように配慮してやってましたが普通に考えてそんなごっつい学生たちが「うぃ、うぃ、はっ、はっ」と列を成して大声で声出ししながら登ってる横を通れたもんじゃありません。
そして登り切った後には、せっかくならローラー滑り台で「あ”あ”あ”あ”---」と振動で声が震える事を楽しんで帰れば良いのにまた階段をすぐさま降ります。
これを5~15本だったと思います。
唯一、心拍数がひどく上がるようなメニューではなかったので金太郎の階段が大好きでした。

これが終えるとスペシャルの集大成
ショート・ロング(3分~5分)のコース 各3~5本程度

これが本当に地獄でした。
ここまで十分に走ってきた中での最終種目。
ロングコースでは途中に階段が1箇所またしばらく走って最後に1箇所登ってゴールです。

いや、正確には倒れ込みながらゴールし、金太郎池アスレチック場にある、とても美味しい砂を食ってゴールです。

もうゴールする頃には擦り傷一つするくらいなら倒れ込んでゴールした方が楽だという意味のわからない状態です。

しかし、そこまでしてもタイムを切れなかった場合、1本としてカウントされません。

これを決められた本数分、タイムが切れるまで。

その後は金太郎池から駒澤高校までジョギングで帰ります。
特待だったので昼過ぎ13時頃から陸トレに入りますが、幾度と駒澤までの帰りのジョギング途中で20時の鐘を聞いてきました。

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スペシャル終わるのが早くても、帰宅時には良くてエンディングの時間。
名探偵コナンなんて見れたもんじゃありません。

このスペシャルを私が1年の時は月水金に行うのが基本ベースでした。
※この頻度はその年によって違います。

火木はインターバルリレーというこれも恐ろしい競技だったのですが、これは次回にしますね。
演習林1周というメニューも後日。

これが初日に説明されたスペシャルのコース、および全貌です。
この全てのメニューを先輩からの圧を受けながらこなす。という事です。
自分は陸トレ遅いから大丈夫だろうと思ってましたが、やはり遅い先輩もいるもので、しっかり私も見張られてましたし、寺尾おせぇ!流してるべ!?余裕かっ!?とよく怒られてましたね。笑

そして私はこれを機に、とある曲が大嫌いになります。

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まーいにちっがスペーシャール♪まーいにちっがスペーシャール♪



とまぁ、今もある程度は同じコースを走れるようになっていますので、ぜひ当時の駒澤高校IH部を経験してみたければスタートしてみてください。

では、本日は初日のコース説明とスペシャルの詳細について綴り、この辺で。


てらを

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