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梅を待つ

子どもの頃から梅が苦手だった。梅味のおかきやおせんべい、梅ゼリー、梅酒、梅味噌に梅和え。年を重ねるにつれて、おいしく食べられるものが増えてはいるけれど、梅干しだけは未だに克服できずにいる。仲良くなれるチャンスかも、と期待も込めつつ、秘かにあこがれていた梅しごと。 
6月のよく晴れた土曜日、崎地区の梅林で、収穫と選果のお手伝いをさせてもらった。
 
傷つけないようにやさしくもいで、一人ひとつ肩から下げたかごへそっと入れていく。生まれて初めてさわる梅の実は、やわらかな産毛に包まれたようなすべすべの肌と、手のひらに収まる、ころんとまるい形が愛らしい。 
植わっている梅の名前と、おいしい食べ方。 
一つの林に品種の異なる木も何本か植えておくこと。 
雨不足で、今年は実が小さいこと。 
農家さんの話しぶりに、大事に育てられてきたんだなと、陽の光を浴びて実る梅たちがいとおしく思える。 
 
収穫した梅は、手作業で虫食いや傷のあるものをはじいて、機械で大きさごとに選り分ける。梅干しにする青梅は、6月の終わりに塩漬けに、8月のはじめに土用干しにするらしい。 
最後に梅蔵を見せてもらい、一年前と、十年前に漬けた梅干しを食べ比べてみた。この酸っぱさが、やっぱりまだちょっと苦手。自分たちで仕込む梅干しが食べられる頃には、今よりもう少し、好きになれているだろうか。 
 
 
平日がいつも以上に目まぐるしく過ぎて迎えた金曜日、黄金色に熟した梅たちは、寺子屋の玄関でいい香りを放っていた。すでに色づいていたのに、忙しさにかまけていただいたときのままにしてしまっていた。 
ごめんね、と大きな鍋いっぱいに、シェアハウスに連れて帰る。 
ひとり一冊、農家さんが持たせてくれた梅しごとの本の、完熟梅のジャムのレシピ。ひとりでにおいしくなるのを待つような、気の長い料理も、週末だからやってみようと思う。 

梅を入れた鍋に水を注げばぷるんと膜が張るさまは、水まんじゅうのようで、うっとりする。 
弱火で10分ほど茹でて、冷めたら水にとり、何度か水を替えながら5、6時間おく。ざるにあげて水気を切り、そのまま木べらで根気強く、漉す。ざらめ糖の3分の2を加えて、寝ている間に自然に溶けるのを待つ。 
翌朝、30分ほど弱火にかけたあと、そのままにして出かける。 
 
帰ってきて、夜。残りのざらめ糖を加えたら、さらに煮つめていく。 
早送りみたいな日々の中、気を長くして料理に向かう時間は、余白のなかった頭の中がしんと静かになる。つやつやした、琥珀色のジャムをすくってなめてみると、寺子屋で作った梅酒の梅ジャムよりも、酸味がきいている。 火を止めて、温かいうちに瓶に入れたら、できあがり。 

「待つ」ことが自然のなりわいといえましょう 
 
いただいた本の、拾い読みした一文が目に留まる。 
待つことも、梅しごと。 
シェアメイトが焼いてくれたパンにつけて食べるのを楽しみに、ひとまず明日の朝を待つ。 
 
 
(文:島食の寺子屋生徒 佐野)